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【18禁】飛炎魔のBL小説

飛炎魔のオリジナルBL…ML?w小説です。(登場人物の年齢が…w)18禁多め(基本、各章、最低裏1回が目標ですw)なので苦手な方は何卒ご覧にならないよーにお願い申し上げます(人∀・) こちらの小説置き場は世にも稀なる(?)ドS受&ドM攻のお話です(^∀^;) (痛い表現はありませんのでご安心を…)
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慧 & 橘 短編アップしました。

お知らせ & お礼



春牧落ちしたまま時間を取られ、橘さんのお話が進まないので、以前、別のところで書いた短編をアップしました(^◇^;)

本編ではなかなかお目にかからない、攻められる橘さんと頑張る慧くんですw

本編でも頑張れ、慧くんw
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愛恋夜話

愛恋夜話



たちばなの舌先が、けいのそれの先端に強く捻じ込まれた。

「…いや…っ…、それ…っ、アカン…って…っ」

鋭い快感に思わず身を捩るが、逃げ出せるほどの力が出ない。口先でどれほど拒絶しようとも、体がその強い快感を求めているのが、分かる。

「…イヤがってる割にゃ、いい反応だな…」

慧の足の間に顔を埋めている橘から、くぐもった嗤い声が聞こえてきた。

いつも、こうだ――

与えられる濁流のような快楽に呑まれ、抗うどころか、最後には泣いてその先を乞うてしまう慧を、この男はいつも鼻先で嘲笑う――

もう、許してくれ――

そう言っている本人だって、本当は許されたいと思っているわけではないことは分かっている――与えられる苦痛にも似た快感を、一秒だって止めて欲しくない――体は正直だ。

橘から与えられる淫猥な恥辱が、慧を虜にしていることも自覚していた。

だからと言って、慧の想いのすべてが、肌の快楽に幻惑されているわけじゃない――

どんなに愛していると言っても、それはおまえのカラダの錯覚だ、と、橘は慧の心すら信じてはくれない――

それでも、すべてを捨てて貫き通したこの想いを、ただの錯覚だなんて――言われたくはない――

怒涛の如く自身を翻弄し、根こそぎ理性を奪い取る激流のような快楽に堪えながら、慧は身を起こした。

そして、自分の足の間に屈み込んでいる橘 裕貴の腕を力任せに引っ張り上げた。

「…い…って…っ」

唐突に腕を鷲掴みにされ、無理矢理、体を起こされた橘が痛みに呻く。

平素は、メンタルな力関係が多分に作用していて――そしてなにより、なんでもありの『ケンカ』となれば、暴力沙汰に慣れていない慧は、圧倒的に分が悪い――敵う気がしないが、単純にフィジカルなぶつかり合いとなれば、橘より背も高く、骨格的にも大柄な慧にも反撃のチャンスはあるのだ。

「…痛て…っ、…離…せよ…っ」

自身の腕を力加減なしで握り締めて、それを引きながら起き上がった慧を、橘が睨みつけた。いつもなら、この鋭い目つきに怯んでしまうが、今日ばかりはここで引き下がることはできない。ここで負けては、せっかく翻した反旗が無駄になる。

慧は、腹に力を込めて、橘を見返した――そうでもしなければ、迫力のある橘の視線から目を逸らしてしまいそうだ。

慧はそのまま勢い良く体勢を入れ替えて、橘を組み敷いた。

「――…形勢逆転…やな…っ」

「てめぇ…っ」

常態ならざる慧の反抗的な態度に、橘が目をすがめて怒りを露わにした。

その表情に、慧の背筋をぞくりと欲望が走った。

自分に組み敷かれ、それでも獣の所作を見失わない男――

その男に対して、自身の奥底から怖いくらいの情欲が湧き上がった。

「…いつもいつも俺ばっか、ええ思いさせてもろたら申し訳ないからな――」

慧はそう言うと、橘の両腕をベッドに縫いとめたまま首筋に吸い付き、そこをきつく吸い上げた。

「…ん…っ」

橘の体が微かに震え、唇から吐息が零れた。

「おまえが俺にいつもしてること――今日は俺がしてやる…――」

「け…い…っ」

慧はそのまま体を下にずらすと、その体の中央で熱く己れを主張している橘の男に舌先を伸ばした。

先端をぺろりと舐め、その先に舌を捩込むように押し付ける。

「あ…う…っ」

その刺激に橘の体が跳ねた。

いつも橘がそうするように、その先の部分を慧は執拗に嬲った。

「や…っ、やめ…っ…、ああ…っ」

内股の筋肉がびくびくと震え、慧の舌先が愛撫する橘のそれから雫が溢れた。それが零れて橘自身を濡らしていく。

捻じ込んだ舌先をそのままに、慧はそれに手を添えると、その裏側を親指の腹でなぞった。

「ああ…っ…ん…っ」

喘ぎ声が不意にくぐもったものに変わり、慧がふと顔をあげると、橘は片腕で顔を隠すように覆っていた。隙間から見える目の縁が紅く染まり、乱れた吐息に閉じられない唇が卑猥に濡れている。

その淫猥な仕草に、慧はごくりと唾を飲んだ。

「――橘…、顔…隠すな…っ」

口元を覆うように翳された腕を無理矢理、開くと、憎々しげな表情で、橘がこちらを睨みつけた。

「…てめぇ…っ、調子に乗るんじゃねぇ…っ」

慧の与える快感に頰を上気させ、淫らな痴態を晒しているというのに、橘はまだ憎まれ口をきいている――その姿さえ、愛おしい…――

「…調子になんか乗ってへん…っ…――ただ、おまえが欲しいだけやねん…――」

慧は、囁くようにそう言った。自分でも驚くほど、その声は欲望に掠れていた。

あまりにも赤裸々な自身の情欲に、羞恥を覚え、それがまた慧の情動を煽った。

もうこれ以上、我慢なんてできない――

慧は、爆発してしまいそうなほど昂ぶった自身の男を、橘の最奥の器官に充てがった。

「ちょ…っ、待て…っ」

思わずといった風に腰を引きかけた橘に構わず、慧はそのままその体を貫いた。

「あ…ああ…っ」

慧の男に楔を打たれた橘の体が弓なりに反って、その唇から悲鳴のような喘ぎ声が漏れた。

「たち…っ…ばな…っ」

その体を気遣う余裕もなく、慧は、橘を突き上げた。

「――いつも…、俺が感じてること…分かるやろ…っ?」

「…な…に…っ…?」

慧の譫言のような問いかけに、苦しげに顔を歪めた橘がうっすらと目を開けた。

「…痛めつけられることが…こんなに気持ちええことやって…、おまえに会うまで知らんかったで…っ」

「慧…っ」

目の脇を滑り落ちた汗を避けるように片目を閉じて、慧は組み敷いた橘を見つめた。

橘に飲み込まれた男が、燃えるように熱い――

「――おまえも…俺と同じこと…感じてるって…――分かる…っ」

そう言いながら、慧は快楽の雫に濡れた橘の男を片手で撫であげた。

「もっと…――俺を感じろ…っ――橘…っ」

「ああ…っ」

苦痛なのか、快感なのか――苦悶に歪むその表情に、興奮しすぎて眩暈すら起こしそうだ。

いつも、いつも慧を責め立て、嬲り、脅す、その男が今、自分に切り裂かれ、その快感に身悶えしている。

もう数え切れないぐらい肌を合わせているというのに、この瞬間がまるで夢のようだ――今さら、そう思う。

激しく橘を攻め立てる慧の額から汗が散って、褐色の肢体の上に散った。

慧を痛ぶり、その涙を無上の悦びとしているこんな悪辣な男に――こんなに愛が止まらない――

それが愛欲でも構わない――橘に与えられる背徳的な悦楽が、たとえ慧に錯覚を起こしていようとも――

これが夢だというならば、二度と目を醒さなければいいだけのこと――

醒めない夢ならば、それが現になる――

慧の理性を奪う甘美な毒に痺れたまま――二度と醒めない夢の中で――




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とてもヤバいのです。。。

お知らせ & お礼


酷暑、猛暑の中、皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

最近、良い子に定期更新していた飛炎魔ですm(_ _)m←

なんですが。。。もはやヤバい状況です。。。

違うんですっ!!!!私が悪いんじゃないんですっ!!!!

あいつらがっ…あいつらがいけないんですっ。・゜・(ノД`)・゜・。


………皆さま…、「○っさんずラブ」観ました…?……|д・)

ハマってしまいましたっ!どっぷりとっ!!!!←

もう今や、頭の中ははるさんとまきさんでいっぱいですw w w

そして…文字書きの性…orz
書かずにはいられない……

春牧…やらかしてしまいました…( ̄▽ ̄;)←やっぱり自分が悪かったw



そ、それに…じ、時間を取られて…っ💦
いえっ!こちらのブログも頑張りますっ!
やっぱり自分が生み出した可愛い子どもたちのようなものですので、愛着もありますっ!

ただ…ちょ、ちょっと更新速度に支障が出るかも…です…💧

弱小ブログですが、読んでくださっている皆さま、申し訳ありませんm(_ _)m

でもそんなに間をあけずに更新は続けますので、どうぞよろしくお願いしますっ!!!!




もしも、こちらにいらしてくださっている方で、沼の民がいらっしゃいましたら…
TwitterアカウントとPrivatterで、春牧やってますw
ご興味のある方は、どうぞ本ブログ表紙から私のTwitterアカウントまでお越しくださいw
(@hinoemma)
ピンポストにモーメントで小説まとめてあります(^◇^;)←

ホントに申し訳ありません〜m(_ _)m

でもでも頑張りますので、どうぞまた観にいらしてください♪

飛炎魔  07/25/2018

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第三章『真夏の夜の夢』15

Tattoo Maniac



「…立てよ」

笈川がそう言うと、橘は素直に膝立ちになった。再び、笈川の顔の前に勃ちあがった男が晒される。

笈川は躊躇なくそれに唇を寄せた。

舌先で根元から舐めあげると、橘の体がしなる。

「あ…っ」

危ういところで橘が笈川の頭にしがみついた。

橘の腰を抱き寄せて、さらに奥まで飲み込んだ。

「ん…っ」

笈川の髪を掴む指先に力が籠もる。

喉の奥でそれを吸い上げるようにしながら、笈川はさっき橘に舐めさせた指先をその後ろへと忍ばせた。

指先がそこを掠めると、橘の体がびくりと震えた。その奥へ指先を潜らせる。橘の慣れた体は抵抗なく笈川の指を飲み込んでいった。

体内をまさぐると、橘が大きく喘いだ。

「…静かにしろ」

橘から口を外して、笈川は言った。

いくら周囲の竹林が広大でも、夜中に外でそんな声をあげていたら、さすがに誰かに聞きとがめられるかもしれない。

「…ムリに決まってんだろ」

そう言うと、橘はずるずると座り込んだ。

「もう…挿れろよ…っ」

目の縁を紅く染め、荒い息を吐きながら橘は欲望に潤んだ瞳で笈川を見つめて言った。

「自分で挿れろ…」

その唇に軽く触れてそう言ってやると、橘は唇を噛んで体を浮かせた。橘の後ろに手を回して自身を支え、そこへ誘導すると、橘がゆっくりと体を落とした。

「あ…ああ…っ…んっ」

自重で体内をえぐられながら、橘が喘ぎを噛み殺した。

欲望に満ちた瞳がこちらを見た。

頰に手を添えて、唇を合わせる。そのまま体を揺すると、唇の間から微かな溜息が零れた。

笈川の動きに合わせて、橘も自身の体を上下に動かし始めた。自らの動きで快楽を貪っていく。

「一臣…っ」

苦しそうに眉根をひそめたまま、橘が囁いた。

「ごめん…っ」

そう言った瞬間、橘のこめかみから汗が落ちた。

「なにがだ…?」

「俺…だって…、分かってんだ…っ…あ…っ」

「なんの話…――」

そこまで言った時、腕が頸に絡んで、橘が笈川の首筋に顔を埋めた。

「おまえを…利用してるって…俺だって…分かってる…――…ん…っ」

耳許で切ない喘ぎ声が響く。

――利用している

それでも構わない――

笈川は汗の流れる体を抱き締めた。

目を閉じて、その体を突きあげる。

謝るのは俺の方だ――笈川はそう思った。

おまえの苦しみにつけこんだのは俺の方だ――

抱けと言われて、抱いた――

それは橘の命令に従っただけのようでいて、どこかでそれを言い訳にしていた――ずっと――

――おまえは一度も俺を抱きたいって言わないよな…

それが自分の狡さだ――

本音を隠して、無表情の仮面の下で――本当は誰よりもこの男を欲しているのは自分なのに、その浅ましい欲望から目を背けている――

そして橘は――笈川の想いに気づいている。

気づいていて、それを自分の過去を振り切るために利用しているのだ――

ふたりとも卑怯者だ――

慧――あいつだけがいつも俺たちに本音を突きつけてくる――

どれだけ傷ついても、どれほど傷つけられても、慧は自分の心から逃げない。

橘 裕貴を愛していると体中で叫んでいる――

あの――真実を映す瞳に俺たちふたりはどう――映っているのか――

煮えたぎるような真夏の闇の中で、笈川は橘の体を強く抱いた。





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第三章『真夏の夜の夢』14

Tattoo Maniac



「人が来るぞ」

首に絡んだ腕を解こうと掴むと、笈川の手を振りほどいて橘が正面から覗き込んだ。

「来たらなんなんだよ?」

「裕貴…――」

「誰に見られたって関係ねぇだろ」

橘の手が笈川のシャツのボタンに伸びた。それがひとつひとつ外される。

「――十五年…いや、十六年か…。俺の人生の半分以上、俺の横にいたのはおまえだ。他の誰でもねぇ…。どこにも行かなかったのは…おまえだけだよ…――」

唇が落ちて来て、笈川のそれを捉えた。

のしかかる橘の体を、笈川は抱き締めた。

絡めていた舌先を残しつつ、橘が唇を離した。

「――ホント…、おまえって絶対、俺を突き放さねぇよな…」

突き放せる筈がない――

橘のシャツのボタンを外して、その下に手を滑らせると小さな溜息が落ちて来た。

「一臣…――俺を…抱け…っ」

あの日――古いアパートの灼けた畳の上で言った同じ言葉――

内藤 啓介に抱かれた体を、橘は笈川に委ねた――

そこになにを思っていたのか――

――ガキの必死にこっちがつけこんで、もてあそんじまっていいのか…

卑怯なのは――俺の方か――

欲しいものを欲しいと言わないのは、我慢強いからでも自制心があるからでもない。それはただ逃げているだけだ。

欲しいと言ってしまったら――その手を振り払われるかもしれない恐怖――

橘が最後の最後まで、内藤 啓介に捨てないでくれと言えなかった気持ちが笈川には良く分かる。

その場限りの欲求はいくらでも口にできる。いくらでも力尽くで奪い取れる。

けれど本当に欲しいものは――口に出せない――手を伸ばせない――

俺と裕貴は似ている――

どちらも同じくらい卑怯者だ――

暴力と恐怖で本音を隠して、本当に欲しいものを欲しいとも言えない――

橘のシャツを脱がして、汗ばんだ背中に腕を回した。

勃ちあがった胸元を舌先で舐めると、橘が体を震わせて溜息をこぼした。

「逃げるなよ…一臣」

そう言って橘は立ち上がって、下着ごとスーツのズボンを脱ぎ捨てた。

「逃げるわけないだろ」

笈川はふっと笑いながら、橘の足元に落とされた服を拾って長椅子に掛けた。

逃げたりしない――

たとえ自分の本心から目を逸らし、逃げ続けても、橘から逃げたりすることだけはけっしてない。

橘は、今この場で逃げるな、というつもりで言ったのかもしれないが、笈川には、まるでその人生から逃げるなと言われたような気になった。

笈川を見て、橘が舌打ちをした。

「てめぇも脱げよ」

笈川はにやりと笑うと、ズボンのベルトを外し、勃ちあがった自身を引き出した。

「これでいいだろ?」

橘はむっとした顔のまま、睨みつけた。

「すかしやがって…」

「どうせこんな場所じゃ、おまえが上に乗るしかないだろうが」

そう言って笑うと、橘は不貞腐れた顔で再び笈川の膝の上に跨った。

そこで橘はにやりと笑った。

「すぐに挿れちまうんじゃ面白くねぇよな」

その意図を問うつもりで眉をあげると、唇をぺろりと舐めた橘が、自身のそれを笈川の口元に寄せた。

「舐めろよ」

「構わないが…落ちるなよ」

笈川は橘の両足を抱えて、その雄に唇を近づけようとして笈川は途中で思いとどまった。

「一回、座れ」

「なんだよ」

「いいから」

無理矢理、膝の上に座らせると、橘は不満そうな顔でこちらを見た。その顔の前に笈川は手を掲げた。

「先におまえが舐めろ」

橘は笈川の指先を見つめていたが、すぐに舌先を出して舐め始めた。

笈川の長い指の先端から根元まで、橘の舌が滑る。そのうち橘はそれを口に入れて、出し入れするようにして舐めた。

指を舐めろと言われた意図がわかっているようだ。橘は笈川の瞳を見つめたまま、挑発するような表情で舌を這わせている。

指を伝って唾液がぽたりと落ちた。

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第三章『真夏の夜の夢』13

Tattoo Maniac



「あの人に睨まれて…俺は自分から足を開いた…。なにをされるか分かってて、俺は…自分から…――」

「もういい――っ」

考える前に体が動いた。

笈川は腕を伸ばして、橘の体を抱き寄せていた。

橘が内藤 啓介に出会った大阪の跡目争いは、最初から最後まで内藤の絵図の内だった。その大絵図の最後は、橘に仲間の少年たちを集めさせ、敵方の大物ヤクザもろとも片づけることで幕を閉じた。

橘に銃弾を撃ち込んだのは、内藤 啓介だった。

橘は内藤 啓介の裏切りの絵図を見抜いていた。見抜いていて、最後の場所に向かったのだ。仲間を連れて――

ほんの数日でしかなかっただろうが、内藤に殺された少年たちは、橘にとって仲間だった筈だ。その絵図の裏を見抜いていながら、その仲間たちを死地へといざなってしまったこと、そしてなにより内藤に裏切られたことは、橘に深い傷を負わせたことは間違いない。

絵図が見抜けないほど莫迦じゃない――でも騙されてもいいと思うくらいは莫迦だった――

すべてが終わった後、橘は笈川にそう言った。

それは、笈川には、騙されたまま死にたかったという橘の心の叫びに聞こえた。

裕貴――それはただの恐怖じゃない――

橘が怖れたのは、内藤の力でも暴力でもなかった筈だ。橘は、力や暴力に怖れを抱くような男じゃない。

――捨てられるのが怖かった

橘が怖れたのは――内藤 啓介を失うことだ。

その手の温もり、肌の温かさを失いたくなかったのだろう。

自分のすべてを捨てても失いたくないという想い、それは愛だ。

けれど笈川には、それがどうしても言えなかった。

橘に、おまえは内藤 啓介を愛していたのだ、と突きつけることは躊躇われた。橘にとってこの十年間はまさにその事実との戦いだったのだから――

橘が、身も心も捧げて内藤を愛したことによって仲間は殺され、自分はその命まで使い捨てにされた。橘はその現実を、その身の奥深くに封印して生きてきたのだ。

「裕貴…――」

その体を抱く腕に力を込めると、橘は逆らわずに笈川の肩口に顔を埋めた。そのままじっとしていた橘が、ふいにくすりと笑った。

「…おまえはさ、いつも誰かの心配ばっかしてんのな」

そう言って橘は顔をあげた。

「俺の心配…、慧の心配…。まぁほとんど俺か…」

橘は小さく笑いを漏らしてから、身を捩って楽な姿勢になると、再び笈川に寄りかかった。

「ガキの頃から俺のケツの始末ばっかでよ…。自分が欲しいもの、やりたいこと…、なーんも言わねぇんだもんな…」

「俺のやりたいことは、おまえにこの世界で頂点を取らせることだ」

体にその重みを感じながら、おまえも知ってるだろう、と笈川は言った。

腕の中で橘が笑う。

「…そりゃあ、せいぜい頑張るけどよ」

不意に橘が笈川に振り向いて言った。

「じゃあ…おまえの欲しいものは?」

至近距離で、橘はじっと笈川を見つめている。

「おまえの欲しいものって、なんだよ?」

橘の視線を受け止めたまま、笈川はなにも言えなくなった。

欲しいもの――俺の欲しいもの…――

「…欲しいものなんか…ない」

ふいと顔を背けて、そう言った。

再び、橘が鼻で笑う音がした。

「欲のねぇヤクザかよ。面白くねぇ冗談だな」

そう言うと、橘は椅子の上にあがり、笈川の膝の上に跨った。

「――俺は?」

膝に乗ったまま、橘は笈川を見下ろしてそう言った。

「俺のこと――欲しくねぇの?」

橘は、笈川の頸に腕を絡めて薄く微笑んだ。

「おまえはものじゃないだろう」

顔を背けたまま、笈川は言った。

ふふっと小さな笑い声がして、笈川の耳に橘の唇が落ちてきた。

「俺が抱けって言えば、いつでも抱くくせに、おまえが俺を抱きたいって言ったこと、一度もないよな」

橘の唇が首筋を滑る。

「裕貴…、ふざけるな。降りろ」

のしかかる体を押し返しても、橘は一向に悪ふざけをやめようとはしなかった。

「一臣…、言えよ…。俺のこと欲しいって…」

耳許で橘が囁く。

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第三章『真夏の夜の夢』12

Tattoo Maniac



「いろいろケチつけてても、おまえが結構、慧を気に入ってるってのは分かってるけどよ。でもおまえが言いたいこと、本当はそれじゃねぇよな?」

笈川は思わず橘から目を逸らした。

橘は慧とは違って勘がいい。態度には出さないように気をつけていたつもりだったが、笈川の胸のうちにずっと引っかかっていたことがあることを、橘は気づいていたのだ。

慧が撃たれたあの日、橘が内藤ないとう 啓介けいすけの名前を口走ったことが、笈川の頭から離れない――それを橘は見抜いているのだ。

もちろん、あのことを橘が覚えている筈はないから、実際に笈川を悩ませているそのことは知る由もないだろうが、物言いたげに見えていたことは間違いない。

橘がそう言い出したからには、もうごまかすことはできないと分かっていても、笈川は躊躇した。

言う――べきなのか――

――黙って傍にいるだけじゃ…

笈川は橘の目を見ずに口を開いた。

「慧が…斉藤に撃たれた日のこと…、覚えてるか?」

橘は返事をしなかったが、笈川は横顔にその視線を感じた。

「…あの時、慧は危なかった。それにおまえがショックを受けていたことも分かってる」

「なにが言いてぇんだ、てめぇ…」

取り乱した自身の行動を蒸し返されたくないのか、橘が苛立った声をあげたが、笈川はそれを遮るように言った。

「おまえは泣いていた。泣きながら…名前を呼んでいたんだ」

笈川がそう言うと、橘は再び不貞腐れたようにぷいと横を向いた。今度は笈川がその横顔を見ながら、続けた。

「――おまえが呼んでいたのは…慧じゃなかった」

外方を向いていた橘が、笈川に振り返った。その顔には、先ほどまであった苛立ちはなく、疑問が浮かんでいる。

「おまえが…呼んでいたのは…――内藤だったんだ…、裕貴」

橘は横っ面を引っ叩かれたような表情で、目を大きく見開いて笈川を見ていた。

「なに…言って…んだ…」

そう言いながら、橘の視線が宙を彷徨う。あの日の記憶を呼び起こそうとしているのだろう。どこまで覚えているのかは分からないが。

記憶を手繰り寄せようと辺りをふらついていた視線が、再び笈川の上で止まった。

「…嘘だ…」

その表情を見て、笈川はやっぱり、と思った。やっぱり橘はあの夜、笈川の腕の中で泣いていた時の記憶がないのだ。感情が激しすぎて、覚えていないのだろう。「嘘」と否定する声にもまるで自信がない。

笈川はなにも言わずに橘を見返していた。笈川が嘘を吐いていないことは、橘には見れば分かるからだ。

しばらく笈川を見つめてから、橘は大きく息を吐いて、東屋の囲いでもある背凭れに寄りかかった。

「…なんだよ…、それ…」

その声は、笈川への疑問というよりも、自身の行動への自問の色を帯びていた。パニックを起こしていない、今、冷静な状態では、内藤の名前を呼んだことが、自分でも理解できないのだろう。

橘は、竹林の暗闇を黙ったまま見つめていた。笈川もなにも言わずにただ隣に座っていた。沈黙が流れる。しばらくして、橘は笈川が持ってきた煙草に再び火を点けた。

「――…おまえは…、俺があいつを…――内藤を忘れてねぇって思うのか?」

橘は煙とともにぽつりと言った。怒っている口調ではない。本気で尋ねているようだ。

「…忘れたのか?」

逆に問い返すと、橘がふっと笑った。

「――忘れてねぇ」

橘はやけにあっさりとそう言った。その瞬間、竹林を通り抜けた風がその前髪を嬲って通り過ぎる。

「俺は…ヤクザのイロハをあいつに習ったようなもんなんだよ。あんな外道が師匠じゃ救われねぇけど、内藤はヤクザとしちゃあ実際、たいした男だったからな」

暗闇に目を凝らすように、橘は前を見つめている。その視線は、まるでそこに内藤 啓介の姿を見るかのようだった。

「だけど…どうしてあの人に抱かれようと思ったのか…それは今でも分かんねぇんだ」

橘はぽつりと言ってから、笑った。

「最初は…、ほとんど強姦ツッコミと変わんねぇよ。脅かされて、ビビっちまった…」

まだガキだったしな、と橘は笑ったまま言った。

「内藤の姑息な口車に乗せられちまってたってのは、そうなんだろうけどな…」

そこまで言って、橘は唇を噛んだ。闇を見つめる瞳がなにかを堪えるように歪む。それから橘は細く深く息を吸い込んでから言った。

「――俺は…あの人が怖かったんだよ…」

声が微かに震えていた。

「ヤバい男だって意味でも怖かったけど…。でも…俺は…俺はあの人に…捨てられるのが…怖かったんだ…」

そこまで一気に言って、橘は目を閉じた。顎が小刻みに震えているのがその横顔から見て取れた。

「今となっちゃあ男に抱かれることなんて、なんでもねぇけど、あの時の俺には世界がひっくり返るようなことだった。それでも…それでも…あの人にその手を振り払われるよりは…マシだった」

半ば自嘲気味な笑いを漏らしながらそう言って、橘は地面におろしていた足を長椅子に乗せると、それを両腕で抱え込んだ。

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第三章『真夏の夜の夢』11

Tattoo Maniac



笈川もまだ子どもだったのだ、と今なら分かる。傍にいて、見守っているだけでは、癒えない傷もあるのだと、今は知っている。

ただ、見ているだけの自分から掠め取られた橘は、その心にも体にも傷を受けたのだから。

俺はいつもただ見ているだけだ――

――じっと黙って傍にいたってダメなこともある

旅館で昨夜、葛西に言われたことなど、本当はとうに気づいていた。

俺には裕貴を守ることはできない――

「――裕貴」

そう呼ぶと、橘が煙草を吸いながらこちらを見た。

「あんまり慧を追い詰めるな。少しは大事にしてやれ」

笈川はそう言った。

自分には橘を守ることも癒すこともできない――けれど、慧ならば、それができるかもしれない。

慧はこの世界には不慣れな男だが、その分、まっすぐに橘に向いている。そのひたむきな気持ちが、橘には必要なのだ。

「――なに言ってんだ、おまえ」

さっきまで笑っていた橘の顔から笑顔が消えた。

たった今、慧につまらないモサをつけて*13外へ飛び出してきたのだから、この話題を持ち出せば橘の機嫌が悪くなることは分かっていた。笈川は小さく溜息を吐いた。

あいつは打たれ強いかもしれないが、勘が悪いんだ。あんな遠回しな言い方じゃ、通じない」

パニクってたぞ、と言うと、橘はむくれたような顔をして笈川から目を逸らし、ふいと正面を向いた。

「なんだよ、遠回しって」

その表情を見て、笈川はふっと笑みを漏らした。

「心配しなくても、あんな直情型の単純なオデコに慧はよろめいたりしない」

橘は正面を見たまま、ぽかんと口を開いた。唇の端にぶらさがっていた煙草がそのまま膝の上に落ちる。

「あっちっ」

橘は椅子の上でばたばたと暴れて、煙草をはたき落とした。

「…なにやってるんだ。大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

不貞腐れた声でそう言うと、橘は小さく舌打ちをした。

「俺があんなガキに妬くかよ」

「でも慧に言い寄られるのが気に入らないんだろ?」

そう言うと、橘はむっとした顔でこちらを見た。

「当たり前だ! あいつは俺のものなんだよっ。てめぇの男に色目使われて黙ってられるかっ。あのガキ、なめやがって」

笈川は我慢できずに噴き出してしまった。

橘は素直ではないが、所有欲や独占欲に関してはこちらが驚くほど正直だ。自分が柊弥に言い寄っていたことを妬かれなかったのも気に入らないが、本当のところは、慧に言い寄っているあの若い刑事に、橘は腹を立てているのだ。

だからつい慧の想いを確かめたくなってしまう。他の男にコナをかけられて、喜んでいるんじゃないかと邪推する。自分が多情だから、他人が信用できない。まったく本当に子どもなのだ。

「…なにがおかしいんだよ…」

完全にむくれた表情で、橘は笈川をじろりと睨んだ。その顔がおかしくて、笈川は橘の頭を軽く叩いた。その手を振り払った後、不意に橘が真顔になった。

「――おまえ…、慧の話しに来たのか?」

橘は、じっと笈川の目を見つめていた。



*13…喧嘩をふっかける。

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第三章『真夏の夜の夢』10

Tattoo Maniac

********

慧を置いて庭に出た笈川は、橘を探した。

彫豊の裏庭は竹林になっている。初代彫豊は柊弥を養子にして、この広大な土地家屋を相続させた。

若いうちから長く自分の愛人をさせた慰謝料のつもりだったのかもしれない、と笈川は考えていた。

父親が彫豊の彫師であった影響もあってか、柊弥は中学を卒業すると高校へも進学せず、彫豊へ弟子入りした。当初はもちろん彫豊の手から産み出される鮮やかな彫物に魅了され、初代を尊敬してのことだっただろう。

しかし、橘が知り合った頃、二代目を引き継いだばかりだった柊弥はまぎれもなく、初代の愛人だった。二代目襲名はその代償なのかと悩むほど、本人はその関係に膿み疲れていた。

橘は柊弥の懸念を一蹴していた。柊弥の彫師としての才能は本物だ、と最初から言い切っていた。だが、あの姿形を持って生まれたのが柊弥にとっての不運だ、と当時、橘は嗤って言った。天の細工師がノミを振るった、などと気障な言い回しをしたくなるほど、柊弥は美しかった。

――あんな顔と体で側をうろちょろされてたんじゃ、手を出すなって方がムリだ。俺は初代に同情するぜ

橘はにやりと嗤ってそう言った。

それは本来、柊弥の罪ではないだろう。見目麗しく生まれついたことはただの運だ。だから目をつけられたのは、おまえのせいだ、はあまりにも理不尽だと思う。

しかし、その関係を受け入れたのもまた、柊弥自身だ。それを分かっていたからこそ、柊弥が一番、悩み苦しんだのだろう。

しかし、それも全部、終わったことだ。初代は数年前に、柊弥と亮祐に看取られてこの家で死んだ。ふたりの関係にもきっと気づいていたに違いないが、初代はなにも言わなかったそうだ。

柊弥が初代から受け継いだこの広大な竹林を歩きながら、笈川は小さく息を吐いた。

慧にあんなことを言うつもりはなかった。

慧に言ったことは嘘ではない。橘にとって慧は特別な存在だ。それにもはや疑問の余地はない。けれど、それを慧に伝えることは別の問題だ。慧にも言ったとおり、橘がこの先、あの悪癖を謹んで慧にだけ貞操を誓うなどということは、太陽が西から上がるほどあり得ないことだろう。それにも関わらず、あんなことを聞いてしまえば、慧が妙な期待を抱きかねない。それで苦しむのは慧なのだ。

橘は子どもみたいなところがあるから、慧にやきもちを妬かれなかったことが本当に面白くなかったのだろうが、罪なことをする、と笈川は溜息を吐いた。

竹林の中の小道を少し進むと、小さな東屋あずまやが見えた。

腰高の囲い越しに覗き込むと、そこに人影が座っていた。周囲に灯りがほとんどないから、それが人だと分かるほどの輪郭しか見えない。

笈川は囲いを迂回して、東屋の中へと入った。

ぐるりと周囲をめぐる囲いに造りつけられた木製の長椅子の一角に、橘は腰をおろしていた。椅子の上に足をあげ、また膝を抱えている。

「裕貴」

声を掛けると橘が顔をあげた。

「ほら」

笈川は、橘が座敷に置いていった煙草を顔の前に掲げた。

「お、気がきくな」

橘はにやりと笑って、煙草を受け取った。すぐに一本取り出して、火を点ける。

「――そういや昔、ふたりで江ノ島行ったときも、海でおまえがタバコ持ってきたよな。あれ、なんでだっけ?」

煙を吐きながら、橘がそんなことを言い出して、笈川も記憶を手繰った。

「…ああ、女にマンションから追い出された時か…」

まだふたりとも、どこの組にも属していない、ただのチンピラのガキだった頃だ。大阪へ腕貸しに赴く前――その時々で笈川が世話になっている女のマンションに、橘がふらりとやって来て泊まっていくことなどしょっちゅうだった。その時は、それがあまりに頻繁で、当時の笈川の女がなにを勘違いしたのか、盛大にやきもちを妬いて、ふたりは真夜中にマンションから放り出されてしまった。

行くところもなく、いっそ海にでも行こうかと、車で江ノ島に向かった。真っ暗な海岸に降りて、服のまま海に入ったりと、散々、はしゃいだ後で、笈川が車に置いてあった煙草を取りに行ったのだ。橘はびしょ濡れのまま、砂浜に座っていた。

「バカだったよなー、着替えもねぇのに、服のまま海に飛び込んじまってよー」

橘も思い出したのか、そう言って笑った。

笈川も思わず笑顔が漏れた。

あの頃はまだ、なんの傷もないまっさらなふたりだった。

そう思ってから、笈川はすぐにそれを否定した。

違う――裕貴はまっさらなんかじゃなかった。

なんの傷もない子どもが、たった十四歳でヤクザになろうなどと思ったりしない。橘は笈川が出会ったあの時、本当はすでに傷だらけだった。

それを笈川だって、気がついていないわけじゃなかった。けれど、自分にはなにもできなかった。ただ、傍にいることしかできなかった。

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第三章『真夏の夜の夢』9

Tattoo Maniac



「一臣…さん…?」

声を掛けると、笈川は我に返ったような顔で慧を見た。

「あ、いや…。すまん…」

笈川は薄く微笑んだ。

「慧、おまえは裕貴にとっては特別なんだ。情人イロの代わりはいくらもいるが、おまえの代わりはいない」

そう言うと、笈川は立ち上がって、慧の頭をぽんと叩いてから座敷を出て行った。

慧の代わりはいない――?

一体、笈川はなにを言っているんだろう。

それは笈川自身のことではないか。

橘にとって、笈川の代わりはいない――それなら慧にも分かる。

笈川は子どもの頃から橘と修羅場を乗り越えて、この世界で互いに支え合って生きてきた。

橘にとって、信頼に値する人間は笈川しかいないだろうし、笈川にとって、命を懸ける人間は橘しかいない。

自分なんて――と我が身を振り返れば、途端に不安しかない。

橘にとって慧なんて、ちょっと毛色の変わった玩具にすぎない。

この世界に染まることもできず、いつまでも堅気を引き摺ったただの愛人――

たしかに慧は他の愛人とは違い、橘の家で暮らすことを許されている。でもそれは慧が自分の身を守ることもできず、橘の足を引っ張ることしかしないからだ。

そう思って、慧はそっと自分の腹に手を当てた。そこにはかつて自分が受けた二発の銃弾の痕が今も残っている。

こんな傷痕にしがみつくつもりなんてないけれど――

でも、これだけは――と思った。

この傷痕だけは、自分がたったひとつ、橘のためにできたことだった。

笈川のようにこの世界で橘を支えることなんて、自分にはできない。極道として生きる才能もない。

だから――この身を投げ出すことしか、慧にはできないのだ。

愛する男にできるたったひとつのことは――自分の命を投げ出すことだけ――

生きていてくれるだけでいい――

この銃弾を受けたあの事件で、慧は橘 裕貴を失う恐怖に心底、震え上がった。

自分に向けて――いや、橘に向けられたあの昏い銃口の恐怖が忘れられない。

自分が撃たれることよりも、橘を失うかもしれないという想像が、慧をすくませた。

だからといって、傍にいればまた橘の盾になれるかもしれない、などと楽観的なことを考えてはいるわけでもない。

なにもできないかもしれない。

それでも――傍にいたい。

だから、自分が退屈凌ぎの玩具であってもいいと思ったから、橘の不貞もすべて飲み込んできたのに、どうして今さら、あんなことを言うのか――

特別だなんて――そんな期待はしたくない。

期待すればまた、苦しむことになるかもしれない――

それが慧には怖かった。

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第三章『真夏の夜の夢』8

Tattoo Maniac



慧はすぐに座敷に戻った。

「一臣さん…っ」

柊弥に勧められたさくらんぼに手を伸ばしていた笈川に、橘の状況を説明する。

「そんなに酔ってたか?」

口にさくらんぼを放り込んで、笈川は言った。

「酔ってはいたみたいですけど、歩けないほどではないと思いますよ」

柊弥が、しょうがないというような表情で微笑んだ。

酒量だけが心配なのではないのだが、それをうまく説明できなくて、慧は口ごもった。

柊弥は、そろそろお茶を煎れましょうか、と再び席を外した。

葛西は、亮祐とすっかり話が弾んでいるようだ。

「…橘の様子がなんか…」

そう言うと、笈川はちらりと慧を見た。

「なんかあったのか?」

慧は笈川に、廊下で柊弥に悪戯をしていた橘の様子を話した。

「…ほんで、つい謝ってもうたら…橘…、なんか怒ってしまって…」

それを聞いて、笈川は首を傾げて、なんだそれは、という表情で笑った。

「俺もよぉ分からんくて…。謝ったのが悪かったんかな…と思ったんですけど…」

慧の謝罪癖は良く知っているからか、笈川は苦笑した。

「裕貴になにか言われたのか?」

慧が謝ったことで不機嫌になったことは伝えたが、橘に言われたことはまだ告げていなかった。少し言いづらい。

「あの…、た、橘が誰と…その…そういうことになっても…俺も…、で…できるんやったら…それでええんやろって…」

橘と関係している笈川にこんなことを言うのは気が引けた。まるで暗に笈川と橘の関係をなじっているみたいだ。

それに、橘の浮気癖に耐えようとは思ったけれど、自分が橘を抱けるならそれでいいなんて、慧は考えたこともなかった。慧が苦しんでいることが橘に伝わっていないわけがない。だから余計、なにがなんだか分からない。

笈川が再び、笑みを漏らした。橘の物言いは莫迦げていると、笈川も思ったのだろう。しかし、慧にはその笑みがなんだか妙に寂しげにも見えた。気のせいだろうか。

「仕方がないな、あいつは…」

そう言うと、笈川は微かに乱れた前髪を指で整えた。

「酔って柊弥に絡んだところをおまえに見られて、妬いてももらえなかったと拗ねてるんだろ」

ガキの寝言だ、と笈川は言った。

「え…」

それは、橘は慧にやきもちを妬いて欲しかったということなのだろうか。愛情などただの錯覚だと言い切る橘が、そんな風に思うなんて、慧にはとても信じられなかった。

「柊弥に迫っているところを邪魔されたと、腹を立てる筈がないしな。たしかに裕貴が刺青を刺れてもらっていた頃、一時期、そんな関係にもあったみたいだが、今じゃ柊弥と亮祐は夫婦みたいなもんだ。今頃、裕貴が柊弥に手を出したなんてことになったら、亮祐が黙っていない」

血を見る騒ぎになるぞ、と笈川は笑った。

たしかにここを訪れた時、昔の関係を匂わせた橘に、亮祐は本気で腹を立てていたようだった。それは今、ふたりがそういう関係だからなのか、と慧は今頃、気がついた。

「慧――」

名を呼ばれて、慧は笈川を見た。先ほどまで笑っていた笈川は、奇妙に真面目な思いつめた様子で目の前の酒猪口を見つめていた。

「裕貴は気が多い男だ。多分、これからもそれは変わらないだろう…。だが、おまえのことは…――」

そこまで言って、笈川は黙り込んでしまった。視線はその先にある猪口から動かない。まるでそこになにかが書いてあるかように、じっとその小さな陶器の器を見つめている。

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第三章『真夏の夜の夢』7

Tattoo Maniac



用を済ませて座敷に戻りかけたところで、廊下の先から人の話し声が聞こえてきた。

「…――もう…、ふざけないでください、橘さん」

柊弥の声だ。橘といるらしい。

元来た廊下を右に折れようとしたところで、橘と柊弥の姿が見えた。柊弥は台所を出たすぐの廊下の隅で、追い詰められるように壁際に立っており、そこに橘の姿がほぼ重なっていた。

「…いいじゃねぇかよ…。今さら知らねぇ仲じゃねぇんだから…」

橘に覆い被さられるように立っている柊弥は、その圧迫から守るようにさくらんぼを載せたガラス皿を、体の外に除けて身を捩っていた。

「飲み過ぎですよ、橘さん」

そう言った柊弥が顔をあげ、慧に気づいた。

「慧さん。――ほら」

慧の存在を知らせるように、柊弥が橘の体を小突いた。億劫そうな様子で、橘がこちらを振り返る。

「――あ…、ご、ごめん…」

橘と目が合った慧は、反射的にそう言って、目を逸らした。それから再び、橘の方を窺うと、橘がこちらを見たまま、よろりと柊弥から離れた。

柊弥は酔っ払いの戯事だというように苦笑しながら、さくらんぼを運んで、座敷へ向かってしまった。廊下には橘と慧だけが残される。

橘は、そのまま慧の方へ歩いて来た。足元がおぼつかないというほどでもないが、体が若干、かしいでいる。酔っているのだろう。

「――なに…謝ってんだよ…」

慧を睨んだまま橘が言った。瞳が紅いのはやっぱりアルコールのせいだろう。

「え…、いや…」

機嫌が悪そうな橘から目を逸らして、慧は言葉を濁した。

「――おまえが…謝らなきゃなんねぇようなことがあんのか?」

口調は完全に絡み酒のそれだ。

「…ごめん…って…」

慧の側まで来て、壁に身を凭せ掛けて、こちらを睨んでいる橘から視線を逸らしたまま再び呟くように言った。

最初の謝罪は、橘が酔って柊弥にじゃれついているところを邪魔して悪かった、というつもりではあったが、そんなに深い意味もなかった。この場合、慧が謝るべきなのかも良く分からない。

二度目の今は、むやみやたらと謝る自分の癖を謝ったつもりだったが、口に出した瞬間、言わなければ良かった、と後悔した。

そうでなくてもすぐに謝る癖を嫌がられることが多いというのに、酔っている今は特にそれが橘の癇に障っているようだ。

慧は唇を噛んで下を向いた。視線だけそっとあげて橘の様子を窺う。

酔って――いるのだと思う。

橘は眠たげに半開きになった目をこちらに向けて、それでもじっと睨みつけたままだ。

「てめぇの男が他のヤツにコナかけてんのを見つけて…、そんで、てめぇが謝ってれば世話ねぇな…」

そう言われて、慧は混乱した。

橘の浮気なんて、今に始まったことじゃない。慧と出会う前から、橘には多くの愛人がいた。慧との関係が始まった後も、愛人たちと切れずに続いていたし、そればかりか、その時々で気が向いた相手とベッドを共にすることも、橘にとっては日常だ。

最初はもちろんつらかった。醜い嫉妬と独占欲に心臓が鷲掴みにされるような痛みにも、ずっと耐えていた。それを橘に伝えようと思ったこともある。

でも――なにも変わらなかった。

だから慧はそれを飲み込んだのだ。嫉妬を剥き出しにしたって、橘にうっとうしがられるだけだと分かっているから。橘の傍にいたいのならば、この苦しみにも慣れなければいけないのだ、と自分に言い聞かせた。

だから慧はできるだけその現実を見ないように努めてきた。

やっと――慣れてきたのだ。

なのにどうして今さら、橘はこんなことを言って慧に絡むのだろう。

ただ、酔っているだけなのだろうか。

「――俺が誰と寝ようと…、自分も俺を抱けるんならどうでもいいのかよ…」

目が坐っている――酔っていることは分かる。

けれど、意味のとおらないことを言うほどの酔いには見えない。だから、橘の言うことが分からない。

「…橘、なんの話やねん…」

「…なんでもねぇよ」

橘はそう言うと、不意と顔を背けてよろよろと庭先に降りて行った。

「あ…」

ひとりで外に出るなんて大丈夫かと慧が思わず手を伸ばすと、その手がぱちんと叩かれた。

「うるせぇ」

橘は裸足のまま、庭に出て行ってしまった。

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第三章『真夏の夜の夢』6

Tattoo Maniac



橘の機嫌が直ったところで座敷の空気も緩んだのか、柊弥が笑顔を見せた。

「ところで橘さん、せっかくいらしたんですから、どうぞ夕飯まで召し上がって行ってください。近所に三崎の魚を出す料理屋があるんです」

亮祐と柊弥が料理屋の仕出しについて、あれこれ相談を始めた。笈川と笈川は、なにやら会社の話をしてから、電話を掛けに部屋を出て行ってしまった。橘組の事業部門の要であるふたりが昨日から事務所に戻っていないから、きっと仕事が溜まっているのだろう。

慧はちらりと橘を横目で窺った。先ほどまで見せていた怒りはもう静まったようで、呑気に煙草をふかしている。

「…橘…」

他の皆に聞こえないように、慧はこっそりと橘を呼んだ。橘が視線だけをこちらに寄越した。

「…ごめん…な」

そう謝ると、橘はふんと鼻を鳴らした。

「なに謝ってんだ、ばか」

「うん…」

一体、なにを謝っているのだか、慧にもよく分からなかった。橘が和泉に腹を立てているのは、なんだか慧のせいのような気がした。

「俺に詫び入れなきゃなんねぇようなことしたのかよ?」

橘はにやりと笑った。

「そんなことせぇへんわ」

慌てて否定すると、不意に橘の手が伸びてきて、襟首を掴まれた。反射的に目を閉じる。次の瞬間、唇に柔らかいものが当たった。驚いて目を開けると、橘の唇が押しつけられていた。

「わぁっ」

それは本当に触れるだけのくちづけだったが、こんな人前で、しかもあまりに唐突で、慧は驚いた。慧が大声をあげたせいで、柊弥と亮祐がきょとんとした顔でこちらを見ている。

「ア、アホか…っ」

顔が熱くなるのが分かった。橘はにやにやしながらこっちを見ている。睨みつけてやったら、橘は片目を瞑って舌を出した。

舟盛りの刺身や焼き物、煮物などが届いて、亮祐が用意した酒まで振舞われた宴会のような食事が始まった。運転を任されている筈の葛西も、すっかり酒を楽しんでいる。

「誰かシラフでおった方がええ? 俺、飲まんとこうか?」

橘にそう尋ねると、酒猪口ちょこを上品に傾けていた柊弥がにっこり微笑んだ。

「そんなご心配はなさらず、どうぞ泊まっていらしてください」

そんな好意に甘えていいのか、と橘を見ると、冷やした日本酒の瓶を向けられた。

「気にすんな。部屋数だけは多いんだ、この家は」

と、まるで自分の家のようなことを言っている。

結局、慧たちは昨夜に引き続き、今夜も三崎に滞在することになってしまった。

三崎は漁港の街としても有名だから、柊弥が用意してくれた料理は本当に美味しかった。それに亮祐はどうやら日本酒愛好家であるらしく、出された冷酒も食事に合って、つるつると飲めてしまう。

そんな亮祐は、これまた日本酒好きらしい葛西と、なにやら熱心に地方の酒蔵の話をしていた。葛西は若い頃、腕貸しや借金の取り立てで訪れた地方で味わった地酒について語っている。

「山形から頂いたさくらんぼがあるんですよ」

あらかた食事を終えた頃、柊弥はそう微笑むと、ちょっと失礼します、と言って席を立った。

「裕貴、あんまり飲み過ぎるなよ」

笈川が、煙草を片手に酒猪口を傾けている橘をちらりと見た。

亮祐の用意した冷酒は口当たりが良くて、慧もつい飲みすぎてしまいそうだ。

「いいじゃんか。今日はどうせここに厄介になるんだろ?」

そう言って橘は薄く笑った。心なしか目の周りが紅くなっていて、気怠そうだ。橘は、しょっちゅう飲んでいる割に意外と酒に弱い。しかし、以前、慧がそう言ったら、俺は普通だ、おまえがザルなんだ、と言い返された。

橘はアルコールに少し潤んだ瞳をして、だるそうに座卓に肘をかけ、その手で頬杖をついている。その仕草が妙にいろっぽくて、慧は心臓がどきりと跳ねたのを感じた。

「俺…、トイレ…」

慧が立ち上がると、笈川が、手洗いは廊下を玄関側に戻った方だ、と示してくれた。

トイレを探して庭に面した廊下を歩いて行くと、途中で台所にぶつかった。中を覗くと、着物の袖に襷をかけた柊弥が、大皿にさくらんぼを盛っているのが見えた。着物姿で動き回ることに、ぎこちなさや不自然さがまったくない。慣れているのだろう。

背中の方で緩く束ねられた、長いまっすぐな黒髪が、後れ毛のように顔の周りにだけ細く垂れている。ぽけっと見ていた慧に気づいて、柊弥が顔をあげた。

「どうなさいました?」

「あ、すんません。お手洗い、お借りしてもいいですか?」

ぼうっと見惚れていたことを悟られたのでは、と慧はちょっとどぎまぎしながら答えた。

「この突き当たりを左に折れたところです」

柊弥はにっこりと笑った。

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第三章『真夏の夜の夢』5

Tattoo Maniac



「なんでおまえが中島の殺しを嗅ぎ回ってんだ? 同門とはいえ兄弟分でもねぇだろうが」

「嗅ぎ回る? そりゃあ、おまえらのの仕事じゃねぇのか?」

鼻で笑った橘の態度に、和泉の顔が怒りで紅くなった。

「なんだと…っ、貴様…っ」

「てめぇは黙ってろ。ヤクザの情人イロにまとわりつきやがって」

橘が低い声で唸った。

それは、横で聞いていた慧がどきりとするほど鋭い声だった。

組事務所で慧をからかっていた時も、中島の通夜で顔を合わせた時も、和泉の態度を笑っていたくせに、なんで今になってこんな怖い声を出すのだろう。

「おまえら、中島の殺しの捜査に当たりをつけて彫豊ココまで来たんじゃねぇだろうが。コイツのケツ、追っかけ回して偶然、当たったんだろ? 見え見えなんだよ、このスケベ野郎」

橘に真正面から罵倒された和泉は唇を噛んで、黙り込んだ。

「…橘…っ」

慧は思わず、橘を制した。

多分、橘の言うとおりなのだ。矢部刑事も和泉警部補も、殺害された中島 誠がこの彫豊の顧客だったと聞いて、驚いていた。だからふたりは最初から、中島のことを聞き込めると分かって彫豊を訪れたわけではない。ただ、慧の後をつけてきただけだ。その理由も、慧が容疑者だとか、参考人だとかいうわけでもなく、ただ和泉が慧の行き先を気にしただけ――私情にすぎない。それでも――というか、それだからこそ、分の悪い相手をそこまで責めるのは、いたたまれなかった。

「誰が喋っていいって言ったんだ? てめぇは黙ってろ」

橘が冷たい声を出して、慧を睨んだ。

「そんな言い方ないだろっ? 仮にも恋人じゃないのかっ!?」

自分が責められた時はじっと堪えていた和泉が、激昂したように怒鳴った。

「うるせぇ、てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇ。こいつは俺のモノ、 、 、 、なんだよっ。どう扱おうと俺の勝手だ」

「な…――っ」

和泉の顔が怒りでますます紅くなった。最早、摑みかかるのは時間の問題であるかのように、和泉は腰を半分浮かしかけている。

「ああ、もう行きましょう、和泉さん」

それを制するように、先駆けて矢部が立ち上がった。

「矢部さん…っ」

和泉が納得できないというように見上げたが、矢部は小さく首を横に振ってみせた。

「――突然、お邪魔してすみませんでしたね、彫豊さん。また日を改めてお話を伺わせていただきますよ。――行きましょう、和泉さん」

立ち上がりはしたが、立ち去りがたい様子の和泉の肩を、矢部が押した。まだ怒りが治らないように体の横で拳を握っていた和泉は、ちらりと慧を見てから、それを振り切るように足早に座敷を出て行った。矢部が溜息を吐いてからその後を追った。

「あ…――」

慧は思わずその背中に声をあげたが、橘に再びぎろりと睨まれ、慌てて口を閉じた。

「――なんだよ、せっかくお茶煎れたのに、挨拶もしないで飛び出していったぜ、あの刑事たち」

ふたりの刑事のためのお茶を乗せた盆を手にした亮祐が、入れ違いに座敷に戻って来た。

橘は怒りを浮かべたまま、外方を向いている。

「――なんかあったのか?」

妙に刺々しい座敷の空気に気づいたのか、亮祐が尋ねた。

「いえ、なにも」

柊弥は、本当に何事もなかったかのように微笑んだ。笈川も葛西も知らん顔だ。

「慧――」

橘に呼ばれて、慧は緊張した。なにも悪いことはしていない筈なのに、なぜか怒られているような気がする。

「オデコが来る前に、中島が死んだのは窒息だって言ってたな?」

「う…、うん…」

「あの若いオデコは、おまえになんて言ったんだ?」

「えーと…、なんやったっけ…」

慧は一生懸命、和泉が庭で言っていたことを思い出そうとした。

「えと…、なんか調べたら、窒息なのは間違いないんやけど、くびがないからどうやって死んだんか…、――首を吊ったんか、締められたんかが分かれへんって…」

本当は、和泉はもっときちんと教えてくれた筈だが、慧は細かい用語が思い出せなかった。

そこに笈川が言った。

「なるほどな。おそらく血中酸素濃度が低下していたんだろう。だから窒息死なのは間違いない。ただ、頸がないから、縊死いしなのか、絞殺なのか、それとも扼殺なのかが決まらないんだろう」

「あ、それやっ」

慧がそう叫ぶと、橘が噴き出した。

「おまえな…。せっかく色仕掛けでオデコから情報ネタ仕入れたんなら、しっかり覚えとけよ」

「俺、色仕掛けなんてしてへんっ」

少しは和泉の好意を利用したかもしれないが、橘の言い方はいやらしい。なにかもっと慧がやらかしたみたいに聞こえる。

でも、さっきまでひどく腹を立てていたように見えた橘が笑ったことで、慧はほっとしていた。ただ、慧にはどうしてあんなに橘が怒っていたのか、まったく見当がつかなかった。

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第三章『真夏の夜の夢』4

Tattoo Maniac



たまたま庭園の中で会ったのだと慧が説明しようとした時、玄関の方から言い争う声が聞こえて来た。その喧騒がそのまま慧たちのいる座敷に近づいてきた。

「ちょっと…っ」

亮祐の声がそう言った、と思う間もなく、座敷に面した縁側の廊下に、矢部刑事が姿を現した。その後ろに、和泉警部補まで現れた。それを亮祐が、慌てて追いかけてきた。

「失礼ですが、どちらさまでしょう?」

柊弥は、突然の闖入者のふたりに、厳しい表情を見せつつ、凛とした態度で尋ねた。

その声の主を見て、矢部が一瞬、ぎょっとした顔をした。まさかこんな綺麗な男が、着物姿で座っているとは思っていなかったに違いない。

「――失礼しました。横浜の伊勢佐木いせざき署の者ですがね。こちら彫豊さんで?」

さすがにベテランの刑事らしく、矢部はすぐに気を取り直して身分証を示し、名前を名乗った。和泉もそれに倣うが、こちらはまだぽかんと柊弥の顔を見つめていた。

「私が彫豊ですが、いきなり上がりこむなんて失礼ではありませんか」

柊弥は、美しい顔を顰めた。 

「いや、申し訳ない。ちょっと顔見知りがここに来てるんじゃないかと思いましてね」

矢部はそう言うと、座敷に座った橘をちらりと見て、ふんと鼻を鳴らした。

「なにやってんだ、こんなとこで」

「よぉ、おっさん、オデコが図々しいのは今に始まったことじゃねぇが、令状は持ってんだろうな?」

橘は、にやにやと矢部と和泉を見上げた。

「ばか。任意だ、任意」

玄関先で応対に出た亮祐はふたりと言い争っていたし、家に上がりこむのを止めていた。全然、任意じゃない。

橘も鼻に皺を寄せて、横を向いてげーっと舌を出している。

「殺人事件の捜査なんですよ、彫豊さん。ちょっとお話をお聞かせ願えませんかね?」

柊弥は溜息を吐いてから、どうぞと席を勧めるように掌を上にして手を差し出した。

「他の方には席を外していただきましょうか?」

座卓の前に腰を下ろしてから、矢部はいやいやと手を振った。

「なに、こいつらは顔見知りです。おまえらにもついでに話を聞かせてもらうからな」

矢部がぎろりと橘を睨んだ。

「後つけて来たのかよ?」

橘がうんざりした表情で言うと、意外にも矢部は少し怯んだように見えた。

「おまえらが、横浜に戻りそうにないみたいだったからな…」

と、なにやら急に歯切れが悪くなる。

「朝、自分が車に乗り込む慧さんを見かけたんです。どこにいらっしゃるのかな、と思って…」

和泉が、少しはにかんだように下を向いて言った。

俺の後をつけてたってこと?

慧は驚いて、下を向いたまま頰を染めている和泉を見た。

いやいやいや、それは怖すぎるやろ。

和泉の表情は、刑事が容疑者や参考人の後をつけていたという風情ではない。これではただの職権乱用のストーカーだ。

事情を知らない柊弥は、なんだか混乱したような顔で和泉を見ていたが、それでも亮祐にお茶を持ってくるように言いつけた。

「いや、すみませんね。おかまいなく」

暴力団関係者である慧への好意を隠そうともしない和泉の態度に、半ば諦めたような表情を見せていた矢部が、気を取り直したように言った。

「実はですね、この辺りを本拠地としている暴力団構成員の男の死体が、横浜市内のホテルで発見されましてね。中島 誠というんですが、ご存知ないですかね?」

「私どものところで刺青を刺れられた方ですね」

どうせ調べられれば分かってしまうことだから、柊弥もごまかす気はないようだ。

しかし、どうやら矢部も和泉もその事実を知っていて乗り込んできたわけではないようで、ふたりの顔には驚きが拡がった。

「本当ですかっ!?」

勢い込んで尋ねる和泉を、柊弥は押しとどめるように答えた。

「ええ。ただ、中島さんが私どものところにいらしてたのは最近のことではないんです。もう十年以上前のことなんですよ」

矢部は見るからに落胆した。十年以上前に出入りしただけの刺青工房では、最近の被害者の手掛かりは見込めないと考えたのだろう。

矢部は柊弥に向けて、ふむ、と納得したような声を出した後で、橘の方へと向き直った。その瞬間にもう目つきが違う。ヤクザ相手には容赦はしない、という表情だ。

「おまえらは、それを知ってやがってここに来たな?」

橘は、外方そっぽを向いたまま笑った。

「勘ぐりも過ぎると嫌われるぜ、おっさん。俺と柊弥コイツは昔、いい仲、 、 、だったんだ。中島さんの葬式ギリで近くまで来たから、昔の情人イロに挨拶に寄っただけだよ」

しかし、矢部はそんな橘の戯言はまともに捉えていないようで、それをあえて無視して言った。

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第三章『真夏の夜の夢』3

Tattoo Maniac



柊弥は、慧と橘のやりとりを余所に、黙って写真を取り上げた。その優美な仕草に見惚れる。まったくこの男は手まで美しい。

「これは…――」

それが首のない男の背中だと気づいていないのか、柊弥は顔色も変えずに、真剣に写真に見入っている。

「どうだ?」

橘の問いに、柊弥は写真から目をあげた。

「――ええ、これは彫豊うちの不動明王ですね」

その答えに満足したのか、橘はにやりと笑った。

「――でも、これは私の手ではありません。――亮祐」

柊弥は写真を亮祐に手渡した。亮祐はひと目見るなり、ぎょっとなり青い顔になった。それはそうだろう。首なし死体の写真なのだ。普通はそういう反応になる。

しかし、亮祐は気を取り直したように、その写真を見てから言った。

「――ああ…、これは…新田さんの仕事じゃないかな」

写真の刺青を見ただけでそんなことが分かるのかと、慧は内心驚いた。

「誰に刺れたもんか覚えてるか?」

そう問われた亮祐は少し考えてから首を横に振った。

「…いや、お不動さんは人気の図柄だしな…」

中島なかじま まことという名前に心当たりは?」

今度は、亮祐は顔をあげて、柊弥と見合わせた。

「…中島…って、三崎みさきの柳沢組の?」

亮祐は考えるように、もう一度写真に視線を戻した。

「…そういや、中島さんもお不動さんだったかな…」

そう言ってから、亮祐ははっとした表情で橘を見た。

「これ…まさか…」

「ああ。中島 誠は横浜のホテルで殺さロクられちまったようだぜ」

橘の答えに、これまでほとんど微笑みしか見せなかった柊弥も驚きを表した。

「そんな…、一体、なにがあったんです?」

返事代わりに、橘は首を竦めてみせた。

「さぁな」

「なにか…抗争みたいなことがあったのか?」

亮祐の問いに、橘は笑い出した。

「んなもんあるかよ。おまえらだってこんな商売だ。ヤクザの噂ぐらい入ってくるだろうが。デカイ組織はどこも協定、結んでる。今時、死人が出るような抗争事件なんて、滅多に起きやしねぇよ」

「じゃあどうして…」

柊弥の不安気な顔を見つめてから、橘はふっと小さく息を吐いた。

「…てことは、おまえらも心当たりはないんだな」

「あるわけないだろう」

亮祐は憮然とした表情で写真を突き返した。

「噂も聞いたことはないか? 柳沢組内のごたごたとか…」

橘が受け取らない写真に代わりに手を伸ばして、笈川が尋ねた。

亮祐と柊弥が答えあぐねてしばらく互いの顔を見つめていると、チャイムのような音が聞こえた。

ふたりは、互いに注いでいた視線を廊下の方に向けた。

「来客の予定がありましたか?」

柊弥の問いに、亮祐は首を振って答えてから、座敷を出て行った。

柊弥が、橘へ向き直った。

「この写真…、中島さんは首を切られているようですが…見つかったのですか?」

「オデコが橘組ウチの事務所に来たときは、まだ見つかってなかったようだな」

「死因は?」

「あ、それ聞いてねぇわ」

橘はぽかっと口を開けて、天井を見た。橘でも肝心なことを聞き忘れることがあるのだ。

「あ…、それ窒息死やって」

慧がそう言うと、座敷中が慧を見た。

「なんでおまえが知ってんだ?」

橘が不思議そうな顔をした。

「昨日、旅館の庭で和泉いずみさんに聞いてん」

「和泉ぃ?」

橘の表情が途端に険しくなる。

「あ…、あの…、精進落としの後、庭を散歩してたら和泉さんに会うて…」

別にやましいことはなにもないのに、慧は言葉を濁した。

「てめぇ、俺の目を盗んでオデコと逢引か?」

「違うっ」

逢引をしていたのは橘の方だ。橘が宴席で会った柳沢組の若い組員を引っ張り込んでいたせいで、慧たちは三崎に泊まることになってしまったのだから。

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第三章『真夏の夜の夢』2

Tattoo Maniac



ふと気がついて、慧は隣に座った橘に尋ねた。

「おまえの刺青、ここで刺れたんや」

橘は、気のない様子で頷いている。そんな橘をぎろりと横目で睨んだ亮祐が、仏頂面のままの湯呑みを各自の前に移した。

「悪いな」

葛西がにやにやと笑いながら言うと、亮祐は小さく、いえ、と返事をした。

笈川おいかわさんも葛西さんもお変わりないようですね」

柊弥はふたりにも笑顔を向けた。

「あんたもびっくりするほど変わらねぇな」

葛西がそう言うと、橘がふんと鼻で笑った。

「こいつは化物と紙一重だからな」

そのやりとりを聞きながら、慧はもう一度、その生き人形のような綺麗な顔をこっそりと眺めた。たしかにまるで年齢が分からない。少し俯いた瞬間は驚くほど儚げで、まるで少年のように見えるのに、顔をあげて背筋をぴんと伸ばした姿は老成しても見える。

でもきっと慧よりも歳上ということはないだろう、と思った。肌理の細やか白い肌は二十代以上にはとても見えない。

「こいつ、いくつだと思う?」

橘がにやにやしながら慧に尋ねた。

「え…」

まるで胸の内を見透かされたような気がして、慧は居心地の悪さを覚えた。なんだか失礼なようだ。

答えあぐねている慧に、橘が言った。

「こいつ、俺よりふたつも上なんだぜ?」

「えっ」

思わず驚いて、慌てて口を噤む。びっくりする反応も失礼には違いない。

しかし柊弥はまるで悪戯っ子を見守るような、少し困った、それでいて優しい表情を見せていた。

「詐欺だぜ、詐欺」

「橘さん、春海さんがお困りですよ」

柊弥は、にやにやしている橘をやんわりとたしなめた。

しかしそういう橘だって、最初に会った時は歳下なのかと思っていたのだ。

「ところで橘さん、今日は突然、なんの御用でいらしたんですか?」

柊弥は黒目の大きい瞳を橘に向けた。

「なんだよ、用がなきゃ来ちゃいけねぇのか? 昔の情人イロに随分、冷てぇじゃねぇか」

橘のセリフに慧はむせてしまった。口元からお茶がぱっと散る。

「あ…っ、す、すみません…っ」

慌ててなにか拭くものをと顔をあげると、先ほどお茶を持って来た亮祐が顔を真っ紅にしているのが見えた。照れているのではない。怒っているのだ。

「…きさま…っ」

ほとんど橘に向かっていきそうな勢いで、亮祐は唸った。

「亮祐、やめなさい」

柊弥がほんの少しだけ鋭い声をあげる。心なしか頰が紅らんでいるようだ。

その様子を見ていた橘は、相変わらずにやにやしたままだったが、亮祐はなにか嫌なものを飲み込んだような顔をして、座り直した。膝の上で握られた両の拳が力を込めすぎて白くなっている。

慧は吹き出したお茶で濡れた口元を、こっそり手の甲で拭った。なにか拭くものを貸してくださいなんて声を掛けられる雰囲気ではない。

しかし柊弥はそんな慧の様子にすぐに気がついたようで、亮祐に布巾を取りに行かせた。

「うちの者がすみませんでした、春海さん」

「あ、あの…慧で…いいです」

会社員を辞めてから、苗字で呼ばれることなどなくなっていたから、今さらそんな呼ばれ方は照れくさい。それに慧は、自分の苗字があまり好きではなかった。小さい頃、その苗字を「はるみちゃん」とよくからかわれた。そういえば、初めて会った頃、橘もそうやって慧を呼んだ。

あいつは頭の中が小学生のままやな、と慧はなんだかおかしくなった。

すぐに亮祐が、タオルを手にして戻ってきた。もうひとつ持ってきた濡れ布巾で、慧が吹き出した座卓のお茶を拭く。

「すみません、自分でやりますから…っ」

慧が慌てて手を出すと、亮祐にぎろりと睨まれた。驚いて手を引っ込めてしまう。その様子を、橘はただにやにやと眺めていた。

亮祐がむっつりとした表情のまま再び腰をおろすと、橘はパンツのポケットの中から微かに皺が寄った写真を取り出して、座卓の上に投げた。

「おまえ、この刺青スミに覚えがあるか?」

「あっ」

写真を覗き込んだ慧は、大声をあげてしまった。橘が放ったそれは、矢部やべ刑事が持っていたあの首なし死体の写真だったのだ。一体、どこから手に入れたのか。

「おまえ、これどうしたん?」

「あ? 矢部のおっさんがくれたんだよ」

橘は、後ろ手に手をついただらしない姿勢のまま顎をしゃくった。

こんな写真を外部の者に簡単に渡していいのかと、慧は矢部のやり方に飽きれた。しかし、矢部と橘の関係は、慧の理解の範疇外にあるようだ。ヤクザと刑事の間柄であるにも関わらず、そこには妙な信頼関係も窺える。それでいて、完全に腹を割りあってもいない。まったく慧には良く分からない。

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第三章『真夏の夜の夢』1

Tattoo Maniac



次の日、柳沢やなぎさわ組組長に礼を述べてから、橘たちは旅館を後にした。けいはそのまま横浜へ戻ると思っていたのだが、どうやらたちばなには寄るところがあったようだ。

今日は牛丸うしまるに代わって、葛西かさいがハンドルを握っている。他の親分衆が集まる葬式に下目の橘組が大所帯で押しかけるわけにはいかないからと説得され、牛丸は渋々、横浜で留守番中だ。

葛西の運転する車は住宅街の細い道を進み、一軒の日本家屋の前で停まった。海は見えないが微かに潮騒が聞こえる。裏は竹藪になっているようで、群生した背の高い竹の頭が屋根の向こうに見えた。

道の突き当たりにあたるその家の前に車を置いて、橘はインターホンも押さずに門扉を開けて中に入って行った。

橘は引き戸になった玄関を開けると、大声で呼ばわった。

「よぉっ! 彫豊ほりとよっ」

家の奥から軽い足音が近づいてくる。そこに姿を現したのは、髪の長い着物姿の男だった。

「――そんな大声を出さなくてもうちはインターホンもついてますし、私だって携帯くらい持ってるんですけどねぇ…」

着物姿の男はわざとらしく溜息を吐いてから、上りかまちに両膝を揃えて腰を落とした。

「お久しぶりですね、橘さん。ようこそいらっしゃいました」

その着物姿の男の案内で、慧たちは広い和室へと案内された。部屋の中央には縁に綺麗な彫物が施された一枚板の大きな座卓が置かれていた。床の間には水墨画の掛軸が掛かり、横の違い棚には紫陽花が飾られている。

橘は、早々に座卓の前に並んだ座布団の上に胡座をかいて座った。

「どうぞお座りください」

男に勧められて、慧はやっと腰を下ろした。なんだか気圧される。

着物姿の男は、陶器のように滑らかな白い肌の持ち主で、まるで人形が口をきいているのではないかと思われるほど美しかったからだ。誰かが描いたような弓なりの眉の下に、長い睫毛に縁取られた黒目がちの大きな瞳が光っている。まさか口紅を塗っているわけでもないだろうに、白い肌に紅い唇が鮮やかだった。

「本当にお久しぶりですね」

その生き人形のような男は橘の正面に座ると、再びそう言った。

「おまえんトコには、俺が来なくなって、ほっとしてるヤツがいるんじゃねぇのか?」

いつものように唇の端をあげ、橘が皮肉な笑みを浮かべたところに、縁側に面した廊下から別の男が現れた。茶器を並べた盆を手にしている。

「来るなら事前に連絡を入れるという礼儀もないのか? 相変わらずだな」

男は無愛想にそう言うと、乱暴に盆を座卓の上に置いた。

亮祐りょうすけ…」

その男の無礼な態度に、美しい着物の男は眉を顰めた。そんな顔も造り物のようで、慧はつい見とれてしまう。

「他にもお客様がいらっしゃるのに失礼でしょう」

そう言うと、着物の男は慧に向かってにっこりと微笑んだ。

「初めてお目にかかりますね。二代目彫豊 柊弥とうやと申します」

「あ…、は、春海はるみ 慧です…っ」

柊弥と名乗った青年の花が咲いたような笑顔に、慧はすっかり舞い上がってしまった。自己紹介の声が裏返る。

「失礼をして申し訳ありません。こちらは当家の彫師の亮祐です」

柊弥は、茶を用意してきた仏頂面の男の紹介もした。慧は亮祐にも慌てて頭をさげた。

開け放たれた座敷の向こうに竹林が揺れている。なんだかできすぎの舞台に紛れ込んでしまった気分だ。

「彫師…って…、え? 刺青いれずみの?」

柊弥の自己紹介をようやく飲み込んで、慧は驚いた。

「あなたはどこに行くのかも告げずにこの方を連れていらしたんですか?」

慧の疑問を受けて、柊弥は困ったような顔で橘を見た。

「どこに行くかなんて、いちいち言うかよ、めんどくせぇ」

橘はそう言うと、まだ盆の上に乗ったままの湯呑みをひとつ取り上げて、がぶりとお茶を飲んだ。

慧はそんな橘の行動パターンにすっかり慣れてしまっているから、今さら驚きはない。ただ、刺青をれる彫師の家という物珍しさに、思わずきょろきょろと周囲を見回してしまった。

大きな座卓の置かれた座敷に和室が続いている。間のふすまは開け放たれていて、続いた和室の中がここからもよく見えた。和室には紫色の敷物が敷かれ、その上にいくつもの日本画が拡げられている。刺青の図柄だろうか。

思わずそちらの方に体まで向けて見入っていると、柊弥がふふっと小さく笑みを漏らした。

「彫師の仕事場へいらっしゃるのは初めてですか?」

慧は慌てて向き直り、頷いた。

「良かったらなにかおひとつお刺れになりますか?」

「えっ」

屈託のない笑顔を向けられて、慧はぎょっと後退あとずさってしまった。途端に着物の袖で口元を押さえて、柊弥がころころと笑った。

「申し訳ありません。ちょっと冗談がすぎましたね」

初対面の美しい青年にからかわれて、慧は顔が真っ紅になるのを感じた。

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第二章『死体置場でロマンスを』15

Tattoo Maniac



つい物思いに沈んだせいで、和泉が話しかけているのに気づかなかった。

「あ、ごめんなさい。なんか言いました?」

和泉はちょっと上目遣いになってこちらを見た。慧よりも背が高いくせに上目遣いをしてみせるなんて器用な男だ。

「…長いんですか?」

「は?」

和泉の唐突な問いの意味が分からず、慧は聞き返した。

「あのヤクザ…橘と…、その…おつきあいしてどれくらいになるんですか?」

和泉は真面目な顔で慧を見つめている。

おつきあい――をしていると言っていいのだろうか。慧は立場上は橘の愛人らしいし、たしかに一緒に暮らしているし、まぁ、関係、 、もある。橘のもとに身を寄せて、もう一年近くは経っている。しかしヤクザの愛人関係を一般的な「おつきあい」という定義に当て嵌めていいものなのか、分からない。

慧が答えあぐねていると、和泉が言った。

「矢部さんから聞きました。あの男――橘は複数の愛人と関係があるそうじゃないですか。ヤクザには良くあることなんでしょうが…」

和泉はまるで自分が裏切られているかのように悔しそうに唇を噛んだ。

「あなたはそれでいいんですか? 数多くいる相手のひとりで――」

若い和泉の誠実そうな瞳に正面から真っ直ぐに見つめられ、慧は思わず目を逸らした。真っ直ぐに見返すことができなかった。

数多くいる愛人のひとりでいいんです――橘の傍にいられるなら、どんな仕打ちでも我慢できます――そんな風に答えるのはあまりにも惨めで、慧は俯いた。

「あなたにはヤクザの愛人なんて似合わないですよ」

和泉はぽつりと呟いた。

じゃあ、どんな立場ならば似合うというのだろう。

太陽の下を正々堂々と歩けるような関係ならば、それで幸せなのだろうか。

そう――かもしれない。少なくとも人目を憚って日陰をいくような人生はそれだけでつらい。

でも慧にとっては橘がいないことの方がもっとつらいのだ。

けれどもこの実直で真面目そうな青年にそれを説くことはできない気がした。

分かってなんてもらえそうにない。

ただ、慧が惨めになるだけだ。

返答に困って黙ってしまった慧を見て、和泉があからさまに狼狽えた。

「す、すみません。余計なこと言ったりして」

「いえ…」

慧は慌てて首を横に振った。

「自分は…、こういうこと隠しておけないタイプなんで、もうお分かりだと思いますから言いますけど」

和泉はそう言ってから、慧の顔を正面から見た。

「自分は、あなたが好きです」

唐突な和泉警部補の告白に、慧は言葉を失ったまま立ち尽くしてしまった。

「会ったばかりでなにを言ってるんだ、と思われるでしょうが、一目惚れです。こういうことって時間じゃないですよね? そちらの事務所でお会いしてから、あなたのことばかり考えています」

一気にそう言われた慧は、はぁと間抜けな返答を返した。

人を好きになるのに時間は関係ない――それは慧も実感している。自分が橘に恋をしてしまった時も同じだったから。いつから橘のことをそんな風に思っていたのかも分からない。最初は結佳を酷い目に遭わせた橘を憎んですらいたのに。でも出会ってたった数日で、慧は橘と離れることができなくなってしまった。

だから慧には、和泉の告白を否定することはできなかった。けれど、困る。だって慧には橘がいる。

「いきなりこんなこと言ってすみません。でも今すぐ返事はいらないです。自分、待ちますから」

和泉は再び精悍な笑顔を見せた。

「けど、変に負担に思ったりしないでください。ただあなたが好きだと伝えたかったんです」

それに、と言って和泉はちらりと悪戯っぽい表情を見せた。

「この先どうなるかなんて分からないでしょ? もしかしたら慧さんだっていつか気持ちが変わるかもしれないし」

一般論としてはそうだろう。慧には橘以外の人間を好きになるなんて、もう想像もつかないけれど。

「それに橘はヤクザですからね。なにがあるか分からないですし、慧さんだってつらいこともたくさんあるでしょう? そんな時は自分を思い出してください。力になりますっ」

自分の言葉に興奮した和泉に勢い込んで近寄ってこられて思わず後退さってしまい、慧は狭い石畳を踏み外した。バランスを崩してよろけたところを和泉に腕を掴まれた。

「あぶない…っ」

「わ…っ」

「和泉さんっ」

そこへ矢部刑事がすっ飛んで来た。

「あんた、なにやってんですかっ」

矢部は額に汗を浮かべて慌てている。ただよろけた慧を支えただけなのだが、遠目で様子を窺っていた矢部刑事の目には、和泉が短絡的な行動を起こしたように見えたのかもしれない。

「えっ!? なにもしてませんよっ! 自分は相手の意思に反して性的な行動を起こすような人間ではありませんっ」

和泉は大きな声で言った。

「しーっ、しーっ!」

矢部が口元に指を立てて、静かにしろと喚いた。

性的な行動…ホンマに勘弁してくれ…――

再び眩暈を起こしそうになった慧は、いっそこのまま倒れてしまいたいと心底思った。





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第二章『死体置場でロマンスを』14

Tattoo Maniac

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相変わらず気分屋で手の早い橘の気まぐれのせいで、予定外に三崎に留め置かれることになってしまった慧は、笈川から預かった旅館の部屋の鍵を見つめた。

橘の言うとおり、本当に豪勢な旅館だ。貸切と言っていたから、今この旅館内はヤクザで溢れているのだろう。まあ、堅気に紛れて大勢のヤクザ者が跋扈するよりはずっとマシなのかもしれない。

部屋に入ろうか、とも思ったが、さっき外から見た時、この旅館の庭がとても広くて良く手入れされているのに気づいた。せっかく来たのだし、少し覗いてみようと慧は旅館の庭に出てみた。

和風に造られた庭はところどころライトアップされていて、とても綺麗だった。

そういえば以前滞在した静岡の修善寺の温泉旅館の庭も、素晴らしい眺めだった。平凡なサラリーマンだった頃は、こんな豪華な旅館など縁のなかった慧である。橘の住んでいる高級なペントハウスといい、すべてのヤクザが金を持っているわけではないのだろうが、組長ともなるとその実入りは慧の想像を超えているようだ。

石畳の小径を踏んで、ライトに照らされた庭を眺めながらそんなことを考えた。

「春海さんっ」

不意に声を掛けられそちらを見ると、和泉警部補と矢部刑事が立っていた。殺人事件の捜査で中島 誠の通夜の様子を探りに来ていた刑事に声を掛けられ、慧はどきりと動きを止めた。

警察官に声を掛けられてどきりとするなんて、橘たちと知り合う前の慧には考えられないことだった。かつての慧にとって警察は、市民の味方、自分を助けてくれる人たちだったのに。警察なんて考えただけで吐きそうだ、という橘の心情が分かるようになってしまったのがまったく情けない。

和泉警部補だけが小走りで慧の元へやってきた。矢部は遠目で煙草を吸いながら、知らん顔を決め込んでいる。

「おひとりですか?」

和泉は爽やかに微笑んだ。組員ではないけれど暴力団関係者であることに変わりはない慧に、こんなに清々しい笑顔を見せていていいのだろうか、とこちらの方が心配になった。

「はい…」

常日頃から笈川たちに、警察関係者に余計なことを話してはいけないと言明されているから、つい言葉数が減る。

「綺麗な庭ですよねぇ」

和泉は辺りを見回して言った。

「良かったら一緒に一回りしませんか?」

「えっ」

にっこり微笑まれて、慧は後退さった。

どうしよう――暴力団関係者と警察関係者が連れ立って呑気に散策なんて、どちらにとっても剣呑に思えるのだけれど。

返事をしそびれているうちに和泉が歩き出してしまい、慧も仕方なく後に続いた。

「この旅館は料亭から見える和風庭園も売りだそうですよ――あ、そこ石が崩れてるから気をつけて」

和泉はまるで慧をエスコートするようににこやかに言った。

たしかに組長の愛人の立場ではあるけれど――俺、女の子ちゃうんやけど…と慧は妙に恥ずかしい。

「昼間の庭園も人気らしいですが、夜はライトアップされてロマンチックですね」

ロマンチック…――

俺、もう帰りたい…――

真面目でいい人なのだろうが、和泉のトンチンカンさ加減に眩暈がする。慧は曖昧に微笑んだ。

和泉が最初に橘組の事務所を訪れた直後に橘たちにからかわれたりしたから、なんだか余計に落ち着かないのだ。

そこで思い出した。

「あの…」

「なんでしょう?」

和泉が嬉しそうに返事をした。

そんな無邪気にされると困る。少々、罪悪感を覚えながら、慧はずっと引っかかっていたことを尋ねた。

「中島さんはどうやって…その殺されたのかって分かってるんですか?」

「窒息です」

和泉はあっさりと答えた。

部外者にこんなに簡単に情報を漏らしていいのか、と尋ねた慧の方が不安になる。

「司法解剖の結果、血中酸素濃度が低下して死亡したことが分かっています。他に外傷はありませんでした。ただ首が発見されていないのと、頸部が切断されていて損傷が激しく、口や鼻を塞がれたのか、あるいは首を締められたのかが分かりません。頸部が残っていれば、そこに縊死いしや絞殺、扼殺の跡が残るんですけど」

自分に好意があるならばもしかしたら話してくれるかもしれないと期待はしていたが、こんなにぺらぺら喋られるとこちらの罪悪感が大きくなってしまう。

自分に惚れている気持ちを利用するなんて、ちょっとヤクザの手口を学び過ぎてしまったかもしれない。

「それ全部、ちゃうんですか?」

それでもつい、頭に浮かんだことを尋ねてしまった。

「違います。簡単に言えば、縊死というのはいわゆる首吊りです。絞殺というのはまぁ道具を使って首を締めた殺人ですね。扼殺は手や腕で首を締めることです。それぞれ跡の残り方が違うので、頸部が残っていれば分かるんですけど」

さすがに殺人を専門に扱う一課の刑事である。

つまり中島 誠はなにがしかの理由で呼吸ができなくなり死んだということだ。慧は先ほど焼香の時に見た祭壇の写真を思い出していた。たった一度だけれど、会って話したことのある人物だった。その人が今はもう亡くなってしまったという現実になんだか実感が湧かなかった。

ついさっきまで生きていた人間が死ぬ――橘と共にいればこんなことは初めてじゃないけれど、何度経験しても慣れることじゃない。

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第二章『死体置場でロマンスを』13

Tattoo Maniac



すでに堅く勃ちあがっているそれの先だけを吸い、舌先をちろちろと這わせていく。

「あ…っ」

武尊の体がびくりと硬直し、声が漏れた。敏感な先端を嬲られて、武尊の腹筋が震えているのが視界の隅に映る。そこへ手を伸ばして撫でてやった。

「ああ…っ」

武尊はもう先端に雫を滲ませている。

おいおい、まだイクには早ぇんじゃねぇのか――?

男を悦ばせる術に自信はあるが、まだ始まったばかりだ。橘は笑みを噛み殺して、武尊の男に横から吸いついた。吸い上げた場所を舌先で刺激していく。さて、全面を舐めきるまで、こいつは保つだろうか…。

ちょっとからかってやるつもりで、武尊のそれを口に含んだまま、その後ろへと指を伸ばした。その入口を掠めた瞬間に武尊の体が跳ねた。

「あ…っ、だ…、だめ…っ」

こいつ――

橘はその反応に顔をあげた。

「――おまえ、抱かれた方がいいんじゃねぇのか?」

武尊は顔を激しく横に振った。目尻には涙が溜まっている。

快楽を振りきるようにして武尊は勢いよく起きあがると、橘の腕を強引に引いて、体勢を入れ替えた。

「――もう…俺…、がまんできません…っ」

武尊はそう言うと、すぐに橘の雄を飲み込んだ。

「あ…っ、ばか…やろう…っ」

それを含んだままいきなり激しく上下され、橘は身を捩った。

くそ…、ガキめ…――

余裕のないセックスなんて慧だけでたくさんだ――

けれど武尊の力は思ったよりも強く、いっそ乱暴とも言える愛撫から逃れることができない。

「あっ…、ああ…っ」

すぐに武尊の指先が橘の内部なかに潜り込んできた。本当に余裕がないんだろう。

思ったとおり、ほんのおざなりに内部を探った武尊は、すぐにそこに自身の雄を充てた。

「お…まえ…なぁ…っ」

橘が下から睨みつけると、武尊はすみません、とは言ったがその行動は止まらなかった。

やっぱり純情ウブなガキなんて、やめときゃ良かった――

橘は小さく舌打ちをした。

武尊はそのまま強引に奥まで押し入ってきた。

「ああっ」

ほとんど力尽くで開かれた体が悲鳴をあげる。

最初から激しく突きあげる武尊の動きに橘は呻いた。余裕がないにもほどがある。

しかしその苦痛は長くは続かない。橘の体は男に抱かれることに慣れている。どんなに乱暴に扱われても、体はすぐにそれを快楽に変換していく。

「あ…、ああ…っ」

唇から零れる溜息が熱くなる。

橘は経験の少ない男の相手が嫌いだった。下手なセックスにつきあうほど気は長くない。だから橘の相手は、そのほとんどが男の体を知り尽くした経験豊富な者たちばかりだ。女はまぁ――どちらでも構わない。経験がないならないなりに楽しみようがある。

しかし、男には抱かれることを好む橘にとって、経験の浅い男は面倒なだけだった。いちいち手取り足取り、どうすればこっちが良くなる、 、 、 、かを教えてやらなくてはいけないし、未知の快楽に溺れて、果てるのも早い。

だから、橘が慧を情人として引っ張り込んだ時、周囲の人間には驚かれた。

好みが変わった――と何人もの人間にからかわれた。橘自身もそう思う。

慧の場合、最初から経験値などないに等しかった。男相手は言うに及ばず、おそらく女をこなした人数もそんなに多くはなかっただろう。

それは最初から分かっていた。だから初めはほんの好奇心だった。今まで相手にしてこなかった純情ウブなガキをどこまで自分の意のままにできるだろうか――

まさかここまで自分の方が慧にのめりこむとは思っていなかった。むしろ当初は、慧の方がのめり込んでくるのを楽しんでいたのに。

初めての夜よりも格段にうまくなったとはいえ、慧はまだ未熟だ。行為のほとんどは、その想いの丈を闇雲にぶつけているに過ぎない。

でも――慧に抱かれることは橘に今までにない快楽を与えている。肌を合わせるその時だけじゃない、その欲望が果てた後まで、心の底から求められていることが分かる――

それなのに――俺の体はすぐにあいつを裏切っちまうんだよな…――

橘はボンクラではない。自分の不埒な行いが慧を傷つけていることに気づいていないわけではない。けれど目の前にちらつく餌に、つい浅ましく喰らいついてしまう。

男だから――なんて言い訳はなしだ。だって橘だけを見つめている慧だって、男なんだから――

これは俺の罪だ――俺だけの――

体に深く刻まれた罪悪――

誘惑に弱く、快楽に流されやすい――

「あ…っん…っ」

激しい武尊の動きに息が苦しい。揺れる視界の中で、武尊が苦痛にも似た表情を浮かべている。その表情を見ながら、この純情ウブで余裕のない若い男に向けて思った。

この苦しみが快感っていうんだぜ――

肌に熱を刻む痛みが愉悦をもたらす。体の奥から湧きあがる苦痛が悦楽を呼ぶ。

罪の味は甘い――

悪いな――慧――

「ああ…っもう…っ」

力技だけの若い男の体は、強引に、それでも的確に橘を高みへと導いた。

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第二章『死体置場でロマンスを』12

Tattoo Maniac

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トイレに立つふりをして橘は、精進落としの席を離れた。宴席の大広間から出ると、縁側に面した廊下の隅の方で、白川しらかわ 武尊たけるが所在無さげにぼんやりと立っているのが見えた。

「おい」

白川 武尊に近づいて、橘は声を掛けた。

「あ…、橘…さん…」

武尊は慌てて頭をさげた。

「俺の部屋に来いよ」

橘は武尊に体を寄せるなり耳許で囁いた。途端に武尊の首筋が朱に染まる。

先ほどの精進落としの席で酌に回って来た白川 武尊が橘に謎をかけて誘っていたのは分かっている。武尊も橘がそれを察知したことは承知しているだろう。

顔を紅くしたまま橘を見つめていた武尊はそのまま、はい、と頷いた。

柳沢組が用意した部屋はふた部屋続きの和室だった。本当に金が掛かっている。

橘は手前の座敷に置かれた大きな座卓の前に置かれた座椅子にスーツの上着を放って、ネクタイをむしりとった。日頃、着慣れないせいなのか、ネクタイだけは本当にイライラする。

椅子に座って煙草に火を点けてからふと顔をあげると、武尊がまだ突っ立っていた。

「座れよ。それとも先にシャワー浴びるか?」

武尊はますます顔を紅くした。

「…お、お茶を煎れます」

部屋に備え付けてあった茶箱の蓋を開ける手が震えている。

下っ端とはいえヤクザのくせに随分と純情ウブな男だな――

とはいえ、高目の組長に部屋に誘われたのだから緊張しても仕方がない、とも思う。橘は煙草を吸って、武尊の煎れた茶を飲んでから立ち上がった。

「じゃ、先にシャワー使うわ」

にやりと笑うと、武尊は正座をしたまま小さく頷いた。

部屋付きも檜造りと豪勢な風呂から出てくると、続き間にさっきはなかった布団が敷かれていた。こんなに緊張している武尊が仲居を呼ぶ筈がないから、きっと本人が敷いたのだろう。照れている割にやる気はあるようだ。

いつもと同じように裸にタオルを捲いただけの橘の姿から視線を逸らしたまま、武尊は逃げるように風呂場に飛び込んだ。

橘が煙草を吸いながら、部屋に備え付けの冷蔵庫を開けるとビールが入っていた。これも柳沢組長の指示で旅館が事前に用意していたものだろう。

ビールを飲みながら煙草を吹かしていると、風呂場から武尊が出てきた。恥じらってはいながらも、武尊もタオル一枚の姿だ。

若いせいか引き締まったいい体をしている。スーツを着ていた時は細身に見えたが、胸の筋肉は鍛えた男のそれだった。

座椅子に座って煙草を吹かしたまま、上から下まで遠慮なく眺めていると、武尊が再び頰を染めて視線を逸らした。

「おまえ、いくつだ?」

「…二十…三です」

若いが経験不足という歳でもない。こんな世界に堕ちてくる若者は大体が早熟なものだし、若いチンピラらしく女を悦ばせる術は心得ているだろう。

まぁ、男の経験はどうだか知らねぇがな――

橘は煙草を消して立ち上がった。布団に入る前にふと思いついて、立ち止まる。

「――おまえ…、どっちがいいんだ?」

「は…?」

武尊はきょとんと橘を見た。

問われている意味が分からないんだろう。

「おまえ、受けか? それともタチ?」

直裁な橘の問いに、武尊は今までにないほど紅くなった。今からそんなに頭に血を昇らせていては、いざ事が始まったら目を回すんじゃないか、と心配になる。

日頃は橘もこんなことは滅多に聞かない。たいていは相手を見ていれば分かるからだ。

けれど、武尊はそのどちらか良く分からなかった。橘はどちらかといえば男には抱かれることを好むが、抱くこともできる。どちらでも構わない。

「――…だ…、抱いても…いいですか…?」

頰を染めて視線を逸らしたまま、武尊は言った。橘はぺろりと唇を舐めてから、武尊に近寄った。

「おまえの好きにしろよ」

首に腕を回して、唇を押しつける。武尊の方が背が高い。慧と同じくらいだな、とぼんやり思った。

舌を挿し入れると、武尊の体が一瞬、強張ったが、その後、勢いよく橘を抱き締めてきた。

そのあまりの力強さに思わずよろける。

おいおい、若くて純情ウブなのは構わねぇが、焦るんじゃねぇよ――

橘は腹のなかで笑いを堪えた。

ふたりの男は唇を合わせて、折り重なったまま布団に倒れこんだ――武尊を下にして――

咥内を舌で愛撫している間も、武尊が混乱しているのが橘には手に取るように分かった。抱かせてくれると言った筈の橘が、上に乗っているものだから、なにが起きているのかと思っているのだ。だから、唇を離してからそっと囁いた。

「――ばか、焦んな。ちゃんとおまえに抱かせてやるって…」

武尊の喉がごくりと上下した。それを見てから、橘は武尊の足のつけ根に唇を寄せた。

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第二章『死体置場でロマンスを』11

Tattoo Maniac



それはもちろん笈川も承知の上のことだったし、必要な登用ではあったが、橘に別の思惑があったことも事実だ。橘は、結佳の身の上を知って淳子の仕切る女寮に乗り込んできて以来興味を抱いていた慧を、手元に手繰り寄せるネタを探していた。

これまでの人生で、暴力団組織にも違法行為にも一切無縁だった堅気の慧にとって、囮とはいえヤクザの手先となって違法薬物の購入をするなど、恐怖以外の何物でもなかったに違いない。ほんの数本のマリファナ煙草を手に入れて橘組の車に戻ってきた時の慧は顔色を失くし、震えていた。あそこで橘は慧の手を握って言った。俺がいるのだから大丈夫だ、と――

あれはヤクザの常套手段だ。一度、恐怖に陥れ、その窮地から救ってみせる。本来、その恐怖や危機に陥れたのはそのヤクザ本人であるにも関わらず、人は急場を救ってくれた者につい縋りつく。本人にそのつもりはなくても、人の心理としてそうなのだ、ということをゴロツキは経験上知っている。

この男といれば危険な目に遭うかもしれない、と分かっていながら、それと同時にこの男は自分を守ってくれると信じ込ませる――

半分は成り行きだったが、残り半分は意図的に、橘は慧を恐怖と暴力、そこからの救済というサイクルに何度も叩き込んだ。

笈川も気づいていた。しかし、あの時は、またか、 、 、と思っただけだった。もう慣れてしまっていたのだ――あの橘の遣り口に、 、 、 、 、 、 、 、――

相手は堅気とは限らなくても、この手口はヤクザの間では良く知られた手だし、橘は恐怖と救済を駆使して他人を操ることに長けていた。

そしてそれは――内藤 啓介から学んだ手口だと笈川も気づいていた。

大阪に赴く前の橘は、たしかに悪事に長けてはいたが、他人の心理を操るような小器用な真似ができるような男ではなかった。もっと単純に、他人に言うことを聞かせるなら痛めつければいいんだ、という短絡的なところがあった。

しかし、大阪から戻った後の橘は、短気で喧嘩っ早い一方で、他者の心理を巧みに突く技術が格段にあがっていた。極道者としては必要な技術だ。だから笈川はあえて見て見ぬふりを続けてきた。橘がそれを内藤 啓介から学んだことを――

けれどそれに気づいていなかったわけじゃない。

――あいつは内藤が仕込んだ男だ…

笈川は、そう慧に忠告したこともあった。

誰も信用せず、 、 、 、 、 、誰の想いも振り返らない、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、――

人を人とも思わないような、奥底に秘めたその残酷さに気づいていなかったわけではないが、それでも橘は内藤のように、年端もいかぬ少年たちの心を操るような真似だけはしなかった。橘は歳の若い舎弟を抱えることを極端に嫌う。

それが内藤の悪辣な所業にたいする橘の嫌悪なのだと、笈川は勝手に解釈していた――

「――なにか…あったんですか?」

葛西がこちらを探るような目をして言った。

「なんの理由もなく、あんたが大昔のことをほじくり返すとは思えねぇ。橘さんになにかあったんでしょう?」

笈川は小さく息を吐いてから、慧の病室で橘が内藤 啓介の名前を口走ったことを葛西に話してきかせた。

聞き終えた葛西は、小さく口笛を吹いた。

「笑い事じゃない」

じろりと睨むと、葛西はすみませんと、全然申し訳なさそうではない顔で言った。

「行かないで…か…」

葛西はそう言いながら三本目の煙草に火を点けた。

「…十年前にあの人はそれが言えなかったんでしょうねぇ」

葛西は煙を吐いた。

「あの人はへんなところで寂しがり屋のくせに、それを絶対に口には出さねぇ。いつも表面上は、去る者追わず、だ」

来る者も拒まねぇから、あんたは大変だ、と葛西はひとりで混ぜ返した。

「言っちまやぁ良かったんですよ、十年前にね。内藤に――俺を捨てないでくれって…」

葛西は小さく溜息を吐いた。

「ガキのうちなら言えたんです。裸で泣き喚きゃあ良かったんだ。そういうことはガキのうちしかできねぇ。歳くっちまうとね、妙に建前ってやつが身についちまったり、メンツなんてもんが大事になっちまうから…」

大人になるとできなくなること――

「あの人はガキの頃から、妙に冷めた小利口なところがありやがったからな…」

ガキなんて莫迦でいいんだ、と葛西は笑った。

それから煙草を灰皿に押しつけると、ふっと珍しく真面目な顔になって笈川を見た。

「あんたもですよ、若頭」

灰皿の中の消え切らない火種からすっと煙があがる。

「俺相手にこんなところでペラ回してたってダメだ。サシで話しなよ、橘さんと」

葛西は再び笑って髪を搔きあげた。

「あんたも橘さんとおんなじですよ。ガキの頃からすかしてて…。冷静なのは性分でしょうが、あんたも同じ――ただ、逃げてるだけですよ、 、 、 、 、 、 、 、 、

葛西は臆面もなくそう言い放った。その言葉に笈川が睨みつけても、今度は葛西はおどけたりしなかった。笈川の鋭い視線を真正面から受け止めている。

「僭越なのも礼儀知らずなのも承知の上です。でも俺はこれだけはあんたに一度、言っておきたかったんだ。じっと黙って傍にいたってダメなこともある。あんたは十年前のあの時に、そうと分かっていなきゃいけなかったんだぜ」

灰皿の中で燃え尽きた吸い殻がかさりと小さな音を立てた。

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第二章『死体置場でロマンスを』10

Tattoo Maniac



治りかけた傷口を掻きむしってしまえば、疼きは消える。でもそれは傷を増やすだけで癒すことにはならないから――裕貴は自分で自分を痛めつけて、内藤に抉られた傷の痛みを忘れようとしているのじゃないか――淳子は葛西にそう言った。

自分で自分を痛めつけて―― 過去の傷すら思い出せなくなるほどのもっと強い痛み――

他の男たちに抱かれることは、橘に痛みばかりをもたらしたわけではないだろうと思う。それは、橘にとっては一種の記憶の改竄でもあった。内藤に抱かれた快楽を、男に、 、抱かれる快楽に上書きする。

笈川はずっとそう思っていた。

橘は男に抱かれながら、自分に言い聞かせているのだ。

あれは恋じゃなかった。あれは愛じゃなかった。

自分はただ肉の悦びに流されただけだと――

今となってはもうそこまでの衝動はないだろう、と笈川は推測していた。橘が男を相手にするようになったのは内藤が始まりだろうが、浮気癖はもう習い性のようなものだ。

「それで俺は余計に悩んじまった。そんなガキの必死にこっちがつけこんで、もてあそんじまっていいのかねぇって…」

その言葉に笈川が葛西の方をちらりと見ると、そんなに睨まないでください、おっかねぇと葛西はおどけた。

「それでも誘われれば、ほいほいついて行っちまった俺に言い訳はきかねぇけど、淳子はもうひとつ、ちょっと気になることは言ってましたよ」

「気になること?」

葛西は一度、頷いた。

「ええ。裕貴を見ていると時々、ぞっとする、人の気持ちも愛情も信用しないで、むしろ利用しているあいつを見ていると、まるで内藤を見ているかのようだって…」

まるで――内藤のよう――?

「似ちゃあいないだろう。内藤は絵図描きだ。裕貴はそんな策士じゃない」

笈川は疑問を口にした。

ヤクザとしては、内藤と橘は大きく違う。

内藤 啓介は稀代の絵図描きだ。

あの男の目的は金でも地位でも女でもなかった。あいつはただ――自分の頭の中に描いた大絵図に合わせてゴロツキ共をたぶらかし、共喰いをさせて権力構造を描き変える――それだけが楽しい男だった。

人を操り、運命を惑わす男――

しかし橘はそうではない。

橘は内藤のように裏で暗躍するようなタイプではない。表に立ち、組を構え、盃を与えた舎弟を背負って生きている。

葛西はそれに反対はしなかった。

「そりゃあヤクザとしてはねぇ。内藤は、表舞台には絶対に出てこない男でしたからね。あいつは絵図描きだ。裏でいくらシノいだんだか知らねぇが…あいつが絵図を描くとなりゃあ、目をつけられた組織はたいてい沈んじまう」

大阪だけじゃねぇ、と葛西は眉根を寄せた。

「だけど橘さんはねぇ」と、葛西は苦笑した。

「ありゃあ表舞台の男だ。やることは派手、仕込みはあざとい、花火をあげるのが大好きな人ですからねぇ」

そこまで言って葛西は煙草を消した。

「でも淳子の言ってるのはそういうことじゃないでしょう。あいつは女だ。ヤクザとして内藤と橘さんを比べてるんじゃないんですよ。あいつは、ただの男として、 、 、 、 、 、 、、あのふたりを見て、似てると思ったんだ」

内藤 啓介は誰にも盃をやらない男だった。関西の最大勢力である阪神山内組の、当時の六代目組長 真島の盃を受け、カンバンを背負っていても、組織には属さない男だった。自分で籠絡した少年たちを駒のように操り、いざとなれば、身も心も捧げた情人たちも使い捨てる一匹狼。誰も信用せず、誰の想いも振り返らない。

人の心をもてあそぶ悪魔――

笈川の脳裏に、唐突に慧の姿が過ぎった。

慧は橘 裕貴が目をつけ、籠絡し、堅気の道を踏み外してこの世界に堕ちた。

出会った当初、妹、結佳ゆかが辱められ、その身を売らせるような女の苦界に叩き落とされたことを知った慧は、橘を憎んでいた。顔を合わせるたびに嫌悪を露わにしていた。変化が現れたのは、橘組の仕事を慧に手伝わせてからだ。

あの時、橘組の縄張りシマで見知らぬ男が違法薬物売買をしていた。これも内藤の絵図の一部だったのだが、あきらかなこの縄張りショバ荒らしの尻尾を掴むのに、顔の割れていない素人ネスが必要で、笈川たちはちょうど見知ったばかりの慧を使った。

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第二章『死体置場でロマンスを』9

Tattoo Maniac



「なんていうか…、あの頃の橘さんは悲壮でね。男も女も関係ねぇって度外れた遊び人を気取っていても、目の奥がこう…震えていた…っていうか…」

はしたなく伸ばしてくるその手が、まるで縋りついてくるようだった――

「たった二十歳ハタチやそこらのトンがったガキの虚勢なんて、俺たちみたいなすれっからしの渡世人にはガラスですよ。橘さんが大阪で背負った傷は体に受けたもんだけじゃねぇことぐらいは分かりました。そんな手を、そうそう振り払えるもんじゃねぇ」

葛西は煙を吐いた。

「まぁ…それでもそんな風に、てめぇでてめぇを痛めつけるみたいに手当たり次第に男漁りしてるガキにつけこむようで気が引けるといえば引ける…かといって振り払っちまえばもっと後味が悪そうだ…」

どうしてやるのが一番、良かったのか――それは今でも分からない、と葛西は微笑んだ。

「それで俺はちょっと聞いたことがあるんですよ…、一体、大阪で内藤と橘さんの間になにがあったのかってね…」

「誰にだ?」

「淳子ですよ」

淳子――

淳子は、橘組直営店に勤める風俗嬢たちの世話役のような仕事をしている女だ。ヤクザが見張っていなきゃいけないような女たちだから、当然、そこには借金という足枷を引き摺っている。自分が作ったとは限らないが、その借金を返済し終える前に逃げ出さないように、女たちを見張り、時に宥め、最後の最後まで借金を払わせる、そんな地獄の獄卒みたいな仕事を、淳子は今も続けていた。

もともと淳子は内藤 啓介の情人だった。大阪抗争が終わった後、跡目を取った側からも蹴落とされた側からも追われた内藤のとばっちり、 、 、 、 、を避けるために、橘が横浜に連れ帰った。

だから、淳子は内藤 啓介を良く知っている。ヤクザとしてではない。ひとりの男としての内藤 啓介を知る、唯一の人間でもある。

「今の若い連中は知らねぇだろうが、俺たち古いゴロツキの間じゃあ、橘さんが大阪から内藤の情人イロを連れ帰ったって話は有名でしたからね。あいつなら、なにか知ってるんじゃねぇかと思ったんです」

その予想通り、淳子は知っていた。かつての自分の恋人と橘 裕貴が、短い大阪抗争の最中に深い関係になっていたことを。しかし最初、淳子はそれを言い渋っていたという。

「まぁ他人の色恋の話だ。淳子は、変な言い方ですけど、女にしちゃあ肝の太い侠気おとこぎのある奴です。そう簡単には口は割らねぇ」

でも――あの頃は事情が変わっていた。橘の色狂いのような行状は淳子の耳にも入っていた。しかし不思議と自分にだけは手は出さなかったことで、横浜に来てしばらく経った頃の淳子は――もちろん最初は自分の男を寝とった恋敵だったのだろうが――橘に対して弟のような気持ちが芽生えていたんだろう、と葛西は言った。

「淳子の話じゃ、内藤の遣り口はそこらのチンピラと大差ねぇカンジでしたけどね。怒鳴ったり脅したりした後に、信じられないくらい優しくなる。おまえを理解できるのは俺だけだってツラで手を差し出した後で、俺の言うことが聞けないのかと、またその手を振り払う…ヤクザから離れられねぇ女っていうのは、たいていこの手にやられる」

俺たちは皆、身に覚えがあるでしょう、と葛西は苦笑した。

それは笈川にもある。ヤクザなど、ろくな稼ぎシノギがないチンピラの頃は、食わしてくれる女がいなければ生きていくことはできない。そういう意味では若いチンピラにとっては、女の懐をこくのがシノギとも言えるし、それがヤクザの修行とも言える。笈川自身、若い頃は女の世話になっていた。

その経験から、葛西の指摘が的を射ていることは心得ていた。笈川はあまり暴力を好まないが、相手によってはそれが有効、 、 、 、 、だということも知っていた。

「…多分、橘さんも内藤にそれをやられたんだ。どこかの時点で弱味を晒させて、その柔い部分を撫でてやる…。おまえを分かってやれるのは俺しかいないと思わせて、服従を強いる」

世間知らずのガキにはてきめん、 、 、 、でしょう、と葛西は言った。顔に笑顔は残っていたが、口調は半ば吐き捨てるようだった。

「ガキを口先で操って鉄砲玉に仕立てるのが得意だっていう内藤の手口は、まぁ、俺たちヤクザにとっちゃよくある話ですが、それだってそうそう使い捨てにはしないでしょう」

そこまで言って葛西は溜息を吐いた。

「ましてやそっちの趣味があったわけでもねぇガキに、体まで貢がせたんだ。内藤の腕もたいしたもんだが、そこまで尽くして使い捨てにされたんじゃ、捨てられた方は堪らねぇ…」

横浜に戻ってから、それこそ手当たり次第に相手を取っ替え引っ替えしていた橘の様子が、淳子を不安にさせた。

「淳子はうまいたとえを使ってましたよ。ほら、怪我した後、傷口が乾いてかさぶたになるでしょう。あれは痒いですよね。イライラする。我慢ができねぇ。どうすりゃあいいと思います?」

葛西の問いかけに、笈川は無言で見返した。

「かさぶたを剥いちまえばいいんだ。傷口がまた開いちまえば痛みはぶり返すが、イライラする疼きは治まる…。淳子が、橘さんのトチ狂った行動はそういうことなんじゃないかってね」

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第二章『死体置場でロマンスを』8

Tattoo Maniac



「――おまえ…、裕貴から内藤の話を聞いたことはないか?」

「内藤?」

葛西は意外そうな顔をした。

「内藤って…――、あの内藤 啓介ですか?」

そう言うと、葛西は複雑そうな表情を浮かべた。

「――そりゃあ…、随分と懐かしい名前…ってこともねぇのか、橘組ウチはほんの少し前に、あの野郎にエラい目に遭わされてますからねぇ」

同門の寺島組との相討ちを装って、音羽会全体を警察に引っ張らせようとした内藤の大絵図では橘組の組員も何人かその命を獲られている。それは葛西の記憶にも新しい。

「でも、あんたの言うのは十年前に…ってことですよね?」

葛西は思い出そうとするように、顎を撫でて空を見つめた。

「…やっぱり十年前、大阪で橘組ウチの親爺さんはあの外道と訳アリだったんですね」

「なにか知ってるのか?」

笈川が鋭い声を出すと、葛西は降参するように両手をあげた。

「あんたの期待を裏切るようで申し訳ないが、俺はなにも聞いちゃいません…橘さん本人からはね、 、 、 、 、 、 、 、 、

そう言うと、葛西は煙草を取り出して、笈川の前に掲げて見せた。高目の笈川の前で吸ってもいいかと聞いているのだ。遠慮するな、と笈川が答えると、葛西は一礼してから煙草に火を点けた。

橘が組を開くことになった四年前まで、葛西 哲也は笈川たちにとっては哥兄の立場だった。それにも関わらず、橘の盃を受けてから葛西は、一度も組長の橘にも若頭の笈川にも礼を失したことはない。盃を受けた直後から、葛西はふたりを高目と扱うようになった。

葛西は、煙草を一服ふかしてから言った。

「――俺はあの頃、森の親爺さんの金庫番でしたからね。まぁ、金の集まるところには情報も集まってくるってもんです」

それはあんたも承知のとおりですよ、と葛西はにやりと笑った。肩書きは若頭だが、橘組が扱う金融関係の仕事は、ほとんど笈川が仕切っているからだ。葛西はその笈川の片腕として良く働いてくれている。

「あの大阪抗争の前から内藤 啓介ってのは、ちょっと知られた男でね。まぁ、ゴロツキの知られた名前ですから、当然、いい噂じゃねぇ。渡世人としてはたいした男らしいが、関西には相当な外道がいるって話は横浜こっちにも流れてきてました」

笈川は黙って腕を組んだまま、葛西の話に耳を傾けていた。

「特にあの頃は音羽会こっちも、沖賀の親爺さんが腕貸しを送る腹づもりじゃねぇかって、大阪の情報を集めてましたからね。その中に内藤の野郎の話はひとつやふたつじゃなく入ってきてました。その武勇伝の中に、胸くその悪くなるような噂もちらほらね…」

笈川が目をあげると、葛西は肩を竦めた。

「このあたりの話はあんたも知ってると思いますよ。あの野郎はガキを喰い物にしてのしあがったってね」

そう言うと、葛西はふんと鼻を鳴らした。

「あの頃は新城さんが橘さんに相当、目を掛けてましたからね。あんたたちは秋津あきつから盃を受けてはいましたが、森組でもあんたたちのことは別口で追っかけてたんだ」

新城さんは橘さんのことが心配だったんですよ、と葛西は笑った。

そういえば当時は新城とも五分兄弟であった葛西は、橘を親爺と呼ぶようになってから、その兄貴分だからと、新城のこともけっして呼び捨てにするようなことはなくなった。軽くなんでも冗談にしてしまう葛西だが、そういうところのけじめはある男なのだ。

「だから俺も新城さんも、橘さんがあの外道の下についてることは知ってはいたんですよ」

葛西は短くなった煙草を灰皿に押しつけて、すぐに二本目に火を点けた。よほど煙草に飢えていたらしい。

「あれが命がけの負け戦だったことは最初ハナから分かってたんでね、大阪からあんたたちふたりが生きて帰ってきたことは良かったですが…、帰ってきた橘さんは明らかに様子がおかしかったでしょう?」

それはあんたも知っているでしょうが、と葛西は器用に片眉をあげてみせた。

もちろん知っている。葛西は、橘が手当たり次第に、男も女もベッドに引っ張り込んでいたことを言っているのだ。

「まぁ、橘さんに口説かれて乗っかっちまったこっちも悪いんですがね」

そう言って葛西はへへっと笑うと、俺も若かったもんでね、と悪びれなく言った。

「あとで新城さんともデキてるって気づいて、いい野郎ふたりがガキに転がされてんのかって頭抱えちまいましたよ」

それでも新城も葛西も、すぐには橘との関係を切らなかった。新城に至っては今もその関係は続いている。

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第二章『死体置場でロマンスを』7

Tattoo Maniac



その後葛西は、橘の極道としての資質に惚れ込み、先代の森組長の跡目を取った新城の盃を辞して、橘組組員となったのだ。それからは橘と葛西もその関係をすっぱりと断っていることも笈川は了解している。

当時、すでに自分自身も特別な関係にあった笈川は、橘の荒れた行動の理由に心当たりがあった。だから、なにも言わなかった。

いや、なにも言えなかったのだ。

橘は大阪抗争でひとりの男と出会った。同じ極道者であったその男は、ヤクザとしては最上級であっても、人間としては悪魔に等しかった。その悪魔は、橘の身も心も喰いちぎって、捨てた。橘の体に二発の弾丸を撃ち込んで――

だから笈川は、橘が生きていてくれるだけでいい、と思っていた。

すべてを捧げて信じた男に裏切られた橘が、自らその命を断たないでいてくれるなら、その行動が多少荒れていてもたいした問題ではない。

内藤ないとう 啓介けいすけ――橘の心と体にけっして消えない傷痕を残した悪魔――

大阪抗争から十年後、内藤は再び橘の前に現れた。

今度こそ、橘を地獄への道連れにするために――

山梨菊水一家きくすいいっか藤波ふじなみ組と、橘組と同門の寺島組を捲きこんだ絵図を描き、裏ですべてを操って橘を破滅へと導こうとした男は、当の橘の手によってその命を断たれた。

十年前、引けなかったその引鉄ひきがねを今度こそ引いて、内藤 啓介に引導を渡したのは橘本人だった。

だから――笈川はどこかでほっとしていた。

内藤の影から、橘は自由になったと思っていたのだ。

傷痕が完全に癒えたとは言えないまでも、橘は過去を乗り越えたのだと。

ところが――二ヶ月前、突如橘を狙った殺し屋が現れた。殺し屋は、橘だけでなく情人である慧の命も狙った。慧は橘の盾となり、その身に銃弾を受け、生死の境を彷徨うことになった。

手術の直後、まだ意識が戻らず、その経過も危うかった慧の横で、橘はこれまでに笈川が見たこともないほど取り乱していた。かつての恋人、砂川すなかわ 香織かおりを失った時でさえ、少なくとも表面上は平静を保っていたかに見えた橘が、誰かに奪われるくらいなら自分が手を下すと、意識のない慧に拳銃を向け、声をあげて泣いていた。

その涙を見た時は動揺したが、慧を失いかけた橘の自失状態は笈川を驚かせはしなかった。

慧は他の情人イロとは違う。橘は慧にたいして、これまで誰にも見せたことのない執着を見せている。どの情人も橘の下を自由に立ち去ることはできても、慧だけにはそれを許さないだろう。

橘は、たとえ結果的に慧の命を奪うことになろうとも、その手を離さない。

そう分かっていたから、その死の恐怖に橘が取り乱しても、笈川は驚かなかった。むしろ当然だと思った。

しかし、あの時――

己れを見失って、泣き叫んだ橘の口から出た名前は笈川を恐慌させた。

泣きながら橘が呟いた名前が、慧ではなかったから。

最初は、慧を呼んでいるのだと、笈川もそう思っていた。

けれど、「けい」と呼んだその声は「…すけさん、行かないで」と続いた。

聞き間違いなんかではなかった。

――啓介さん、行かないで…

橘があの時、錯乱状態だったことはたしかだろう。あの後、笈川の腕の中で、ほんの十分程度、橘は気を失っていた。まるで負荷に耐えきれずに自らブレーカーを落としたかのように、橘はその意識を手放した。そして目が覚めた時には、もう平常に戻っていた。

橘は立ち上がると、殺し屋が来る、と言った。その判断も行動も冷静だった。

あの自失状態の一瞬に、自分が内藤の名前を口走ったことを、橘は覚えていないのではないか。

橘は内藤 啓介を忘れていない。平素は心の奥深くに堅く閉ざした、けっして開けてはならない場所に、ただそれを押し込めているだけなのではないか、笈川はその時、初めてそれに思い当たった。それならば、それをあえて蒸し返したくはなかった。

もし内藤の名前を口走ったことを覚えていないのであれば、橘はそれを認めないだろう、という気もした。

なにより橘が笈川に言う必要はないと思っていることならば、それをことさらに聞き出そうとすることも躊躇われた。

橘と出会った十五年前から、笈川はそうやって生きてきたのだから――

裕貴が呼ぶならばどこへでも行く――

裕貴が望むのならばどんなことでもする――

裕貴が言わないことならば、尋ねる必要はない――

そして自分はけっしてなにも望まない――

今さら、この関係を変えることなどできない。

裕貴には――聞けない――

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第二章『死体置場でロマンスを』6

Tattoo Maniac

*********

笈川たちは結局、もうひと部屋、余分に借り受けることになった。

鍵を受け取った時は、どうせ帰るつもりだったし、たとえ泊まることになってもふたり一組でふた部屋あれば充分だと思っていたから、鍵はふたつしか受け取らなかった。しかしそのひとつには、もう橘があの白川 武尊とかいう柳沢組の若い衆を咥え込んでいるに決まっている。しかし残るひとつに三人で寝ても構わないと、部屋に行ってみたら布団が二組しかなかった。旅館の仲居を呼んで布団を運ばせようとしたが、仲居はもうひと部屋使ってくださいと言って、布団の代わりに鍵を持って来たのだ。

柳沢の親分は全室分、気前よく前払いしたらしい。だから空いている部屋ならば、旅館側はいくつ使っても、足が出るということはないのだろう。

笈川は新しく取った部屋は慧に充てがって、自分と葛西を同室に残した。

慧がおやすみなさい、と部屋を出て行くと、笈川は和室に置かれた座椅子に腰をおろして煙草に火を点けた。四六時中煙をあげている橘といる時は、見ているだけで嫌になるので滅多に吸わないが、笈川も時々煙草を吸う。

目の前の座卓には、仲居が煎れた緑茶が置いてあった。

煙草の煙を吐き出すついでに溜息も零すと、葛西が笑った。

「笈川さんも苦労性ですねぇ」

「別にいまさら裕貴あいつの始末の悪さなんか気にしてないぞ」

橘は、下半身はいい加減だが、莫迦ではない。同門とはいえ他の組の下目の舎弟を、この後も囲い込もうとは考えてはいないだろう。ちょっと出先で会った男がたまたま喰えそうだから喰った、くらいのことだ。この程度の火遊びならば、問題はない。

「――しかし橘さんはホントに手が早ぇなぁ。てめぇが寝た男の葬式ギリで別の男を咥え込みますかねぇ」

座卓の狭い方の辺に置かれたもうひとつの座椅子に胡座をかきながら、葛西が苦笑した。

「あれは病気だ」

笈川の言葉に葛西が爆笑した。

「しかし、慧もすっかり橘さんの悪さに慣れましたねぇ」

ちょっと前まで、浮気されるたびに死にそうなツラしてやがったからな、と葛西は顎を撫でた。

それは笈川も感じていた。そしてほっとしている。

笈川はもうずっと、慧が、橘の悪癖に慣れることを願っていた。橘が誰彼構わずベッドを共にするのを止める手立てはない。そのたびに心臓を撃ち抜かれたような顔で、嫉妬に苦しんでいる姿を見るのは、こちらの方がやるせなくなる。

特に慧はああいう男だから、橘を責めることもなく、じっと黙って耐えている。いっそ罵ったりなじったりしてくれるならば、こちらもうるさい知ったことか、と居直れるのだが、そのつらさをひとりで飲み込んでいられるのは、見ていて気分のいいものではなかった。

「――で? 俺になんか話でもあるんですか?」

笈川が熱い緑茶を飲んで一息入れたところで、葛西が言った。

「若頭のあんたがひとり部屋を取らずに、わざわざ俺と同室になったんだから、なんか話があるんじゃないですか?」

さすがに葛西は勘がいい。

笈川は座卓の中央に置かれた灰皿に煙草を揉み消した。

「おまえ…、十年前、俺たちが大阪から戻ったばかりの頃、一時期、裕貴ゆうきつるんでた、 、 、 、 、ことがあったろう」

そう言うと、葛西の顔から一瞬、いつもの薄ら笑いが消えた。しかしすぐに苦笑しながら頭を掻いた。

「…まいったな…。あんたの目はごまかせないですね、おっかねぇ」

「別に俺は裕貴を見張ってるわけじゃない。だが、あいつはそういうこと、 、 、 、 、 、を隠せるタイプじゃない」

隠す気もないしな、と付け加える。

「で? 今さら、十年前の俺の悪さ、 、を引っ張り出して、説教するつもりですか? この世界、十年経ったら水に流すもんだと思ってましたけど」

葛西がにやにやとこちらを見た。

「おまえと裕貴の十年前の悪さ、 、をほじくり返して突つくほどこっちも暇じゃない。おまえは裕貴の盃を受けた後は、舎弟としての一線を踏み越えちゃいないだろうしな」

十年前――まだ売り出したばかりのチンピラヤクザだった橘と笈川は、当時、形ばかりの盃を受けた哥兄の名代で、大阪の跡目争いの腕貸しに赴いた。それは結局のところ、負け戦のババを引かされたような仕事だったが、それでもふたりは生き残って横浜に帰ってくることだけはできた。なかにはあの抗争で腕貸しに行ったまま、命を落とした者もいたのだ。

大阪から帰った後、橘はほとんど手当たり次第といっていいほど、男とも女とも寝ていた。ヤクザには絶対的禁忌である筈の哥兄の女にまで手を出すほど、その行状は荒れていた。

その頃に今でも情人である兄貴分の新城 あきらとの関係もできたし、当時、新城とは五分兄弟で、橘と笈川にとっては哥兄の立場であった葛西 哲也ともほんの一時期のことだが、関係があったことを笈川は知っていた。

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第二章『死体置場でロマンスを』5

Tattoo Maniac

*********

音羽会の親分衆の顔合わせの様相を呈していた中島 誠の精進落としの場も、人が引き始めていた。

ふと慧が気づくと、さっき席を立った橘が一向に戻ってこない。

「一臣さん、橘…、どこ行ったんですかね?」

座卓の向かい側に葛西と並んで座っていた笈川に尋ねると、視線だけがちらりとこちらを見た。隣の葛西が、途端に口元を手で覆って、笑いを堪えている。

また笑われている――

半ばふて腐れぎみに、慧は葛西を睨んだ。

ビールを一口飲んでから、笈川はおしぼりで手を拭いて言った。

「――今日は三崎ここに泊まりだな」

「そうですね」

葛西は喉の奥で笑いながら、笈川に同意した。

「え? だってさっき橘、近いから帰るって…」

三崎と横浜は目と鼻の先だ。深夜に近い時間帯のことだし、車なら一時間ほどで帰れるだろう。

「…気は変わっただろうな」

笈川が半ば投げやりに言った。

「…でしょうねぇ」

葛西もまだ意味深に笑っている。

またもや慧だけがなにかを分かっていないようだが、もう慣れてしまった。なので素直に尋ねることにする。

「なんかあったんですか?」

問われた笈川は嫌そうに顔を顰めて、横を向いてしまった。

その様子を見て、葛西が苦笑を漏らしながら言った。

「さっき酌に来た、柳沢組の若いのがいたろ? 橘さんはアレとお楽しみだよ」

「えっ!」

素早い。素早すぎる。だって、顔を合わせてまだ数時間も経っていない。おまけにあの青年は慧たちにもお酌をした後、ろくに言葉も交わさずに立ち去ったではないか。

しかし、たしかに人気のまばらになりかけた宴会場からは、あの青年の姿も消えていた。

「…あいつ、ホンマに顔合わせた男、全員、手ぇつけてるんとちゃうやろか…」

慧が飽きれてそう言うと、笈川が盛大に溜息を吐いて、葛西は堪えきれずに大爆笑した。

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第二章『死体置場でロマンスを』4

Tattoo Maniac



慧が舎弟ではなく、橘の情人イロだとしっかりバレている。まぁ、その程度のことが見抜けないようなボンクラに、広域指定暴力団の会長など務まる筈もない。

最後にもう一度挨拶をして、橘たちは沖賀の元を辞した。慧はまだ呆然としている。

しばらくしてから慧はようやく息を吹き返したように言った。

「…関東の大親分さんやって聞いてるからかもしれんけど…、ホンマ、すごい人やな」

「当たり前だ。俺が惚れ込んだ親爺だぜ」

橘はにやりと笑った。ひととおり挨拶も済んで、これでしばらくは落ち着いて飲める。

「ビールでいいですか?」

葛西が脇にあったビールを掲げて言った。頷こうとした橘の前に逆側からビール瓶が差し出された。

「どうぞ」

見ると、まだ若い男が酌をしようとビール瓶を掲げていた。

「ああ、悪いな」

橘が差し出したグラスに、男はビールを注いだ。まだ二十代も前半くらいだろう。頭上の方は毛先がぴんぴんと立つほど髪を短く刈り込んでおり、露出したうなじはすべすべとしていた。

「――柳沢組のもんか?」

橘の問いかけに、その若い男は深く頭をさげて答えた。

「はい。武尊…、白川しらかわ 武尊たけると申します」

「中島さんは気の毒だったな」

「中島さんは…、俺の兄貴だった方でした」

白川 武尊と名乗った若い舎弟は俯いたまま言った。

「そうか」

一言だけ言って、橘は武尊と名乗った若い男を見た。

妙に落ち着かなげに見えるのは、直属の兄貴を失ったばかりだからか。

暗黒街に生きる男たちはいつ何時、どこで恨まれてタマを獲られるか分からない。そうと心づもりをしているつもりでも、大きな抗争など絶えて久しい現状では、盃を交わした哥兄を失うのは大きなショックなのだろう。特に若い頃は心も柔い。

そう思いながら橘はビールに口をつけた。

「――橘組の親分さんでいらっしゃいますよね」

その言葉に再び視線をあげて相手の顔を見ると、視線がぶつかった。武尊が慌てて目を逸らす。

「あ、あの…、お若くして組を構えた親分さんだと聞いています。お会いできて…光栄です」

緊張しているのか、心なしか顔が紅い。

兄貴分を失ったばかりで動揺しているのかと思いきや、それだけではないようだ。

こいつ――俺のもうひとつの噂、 、 、 、 、 、 、の方も知ってて、コナかけてきてやがるのか――?

ぱっと見は地味な顔立ちだが、よく見ると切れ長の綺麗な目をしている。純朴そうな様子に(とはいえ下っ端でもゴロツキではあるから、その純朴さ加減もたかが知れているが)、思わず橘の食指が疼いた。

俯いたままの武尊が視線だけをこちらに向けた。その瞬間を狙って、橘はぺろりと自分の唇を舐めた。武尊の顔にさっと朱がさす。

大当たりだな、こりゃ――

この白川 武尊という柳沢組の舎弟は、橘に気があるのだ。思わず笑みが浮かぶ。

旅館を借り切って通夜を行なった柳沢組は、滞在できる親分衆はぜひゆっくりと三崎を楽しんで欲しいと、精進落としの間に案内する客人に宿泊部屋の鍵を渡していた。

まぁ、柳沢の親分の好意をムダにしちゃあ義理が立たねぇよな――と、橘は勝手なことを考えた。

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第二章『死体置場でロマンスを』3

Tattoo Maniac



「ご無沙汰しております、日野さん」

橘が頭をさげると、柳沢は意外そうな顔をした。

「なんだ、知り合いだったのか」

「いえ、ただお顔は存じ上げております」

橘は如才なくそう言った。実際、親しく話したことはないが、日野の顔は見知っていた。何度か顔を合わせたこともある。渡世の年季はあきらかに日野の方が上だから、顔を知っていると伝えるのは礼儀のようなものだ。おまえなんて見たことも聞いたこともない、などと言うよりはいいに決まっている。

「こっちも噂は聞いてますよ。この若さで親分さんですからね」

日野も笑顔を見せた。が、その表情からは、橘が音羽会で組を構えているのが面白くないという本音がありありと窺えた。

「ありがとうございます。今後とも、よろしくお願いします」

橘は適当に話を打ち切って、柳沢の元を後にした。

「おい、葛西」

柳沢から充分に離れてから橘は声を掛けた。

「おまえ、柳沢の親分のところにいたあの日野って男、知ってたか?」

「ええ。俺も親しくはしてませんけどね。柳沢組の幹部のひとりですよ。中島と張るくらいじゃねぇかな」

若頭の向井に続く中島と張る力を持っているのならば、日野は柳沢組の実力者といっていいだろう。嫉妬深そうな目つきをした男だったが、得てしてああいう男の方が出世をするのが暗黒街というものだ。

橘は返事代わりにふんと鼻を鳴らした。

直参から順に(それでも会場に現れるのに時間差があるから、行きつ戻りつだが)酌をして挨拶をしている合間に、音羽会会長の沖賀おきがも姿を見せた。こっちは逆に高目の哥兄あにぃたちのお目どおりが済むのを待たなければいけないから、橘組は一番後になる。

「…おまえ、こんだけおる親分さんたちの顔と名前と序列をみんな覚えてるんか?」

慧が飽きれと感心の間のような顔をして、溜息まじりに呟いたのがおかしかった。

「当たり前だろ。飯のタネだぞ」

大物ヤクザの顔と名前も分からないようでは、この世界では命がいくつあっても足らない。肩書きひとつ呼び間違えたってメンツに関わる世界だ。特に異例の若さで組を構えた橘には、身内内にも敵は少なくはない。努力など大嫌いだが、妬み、そねみ、僻みだけは人一倍というのがヤクザ者なのだ。

「親爺さん、ご無沙汰しております」

沖賀の前には笈川と葛西も共に出て、頭を下げた。

「橘、元気そうだな」

「哥兄たちのお引き立てに感謝しています。親爺さんもお元気そうで」

影ではあの因業ジジィなどと毒吐くことはあっても、沖賀本人の前では当然、礼を正す。それでも橘にとって沖賀 隆一郎りゅういちろうという男は、けっして息苦しい高目というだけではなかった。沖賀は橘の命の恩人であり、この世界――いや、もうどういう意味においても、親と呼ぶべきただ一人の人間である。最後に寄せ場に落ちたあの時、まだたった二十三歳の小僧に向かって、おまえの帰るところは必ず用意しておくからと言ってくれたのは、この男だけだった。

「相変わらず、おまえの周囲は騒がしいようだな」

笈川に注がれた日本酒を傾けながら、沖賀は笑みを浮かべた。数ヶ月前の殺し屋騒ぎは沖賀の耳にも入っているのだろう。

「修行の足らねぇハンチク野郎でご迷惑をお掛けします」

橘は殊勝に頭を下げた。

「そのタマ狙う価値のねぇ極道者なんざ、おとこ売ってる甲斐もねぇだろ。騒がしいぐらいでちょうどいいよ」

そう言うと、沖賀は笈川に目を向けた。

「笈川、橘を頼むぞ」

笈川はなにも言わずに黙って頭を下げた。

それから沖賀は葛西を見て、にやりと笑った。

「おまえは、どこにいても楽しんでやがるな」

「性分なんです」

大親分である沖賀の前でも、葛西の態度はあまり変わらない。いつものにやけた顔のままだった。

沖賀は、橘の後ろで身を隠すように小さくなっている慧に視線を向けた。いくら小さくなったって、橘より一回りは大きい男なのだから、隠れようはない。

「…おまえ…たしか…――」

沖賀は一度だけ慧に会っている。年明けのツキヨリの賭場だ。

「は、はい。は、春海 慧です」

慧はかしこまって頭を下げていたが、緊張しすぎてほとんど土下座のようだ。

「…ふん…」

沖賀は顎に手をあてて、しばらく考えるようにしていた。妙な間があいて、慧が恐る恐る顔をあげる。

「カタギのおまえさんがこんな世界に落ちちまったんじゃあ苦労も絶えねぇだろうが…、まぁ、惚れちまったもんはしょうがねぇな」

「え…――」

慧は絶句したまま顔を真っ紅にした。

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第二章『死体置場でロマンスを』2

Tattoo Maniac



橘はふんと鼻を鳴らして、口を閉じてやった。

「――で? あれからなんか分かったのかよ?」

橘の問いに、矢部はぎろりと睨み返しただけだった。

「行きましょう、和泉さん」

歳若い警部補を促すと、矢部は踵を返して橘たちの前から立ち去った。

「…矢部のおやっさんもガキのお守りしながら捜査じゃ大変だな」

ようやく笑いの発作が治まった葛西が、目尻を拭いながら言った。

「なぁ、矢部さんってヤクザ相手の警察官なんやろ? 殺人事件は一課の仕事ちゃうの? それともヤクザの殺人は矢部さんの担当なんかな?」

慧にとっては素朴な疑問なのだろう。

「殺人事件は一課の仕事ヤマだ。けど被害者がヤクザ者だからな。容疑者も同業かもしれねぇだろ? ヤクザおれたちは取り扱い注意だからな。俺たちの相手に慣れたマル暴が腕貸し、 、 、してんだろ」

慧はふうんと言ったがまだ納得がいかないような顔をしている。

「俺たちヤクザは、金にもならないのにオデコに情報を流すことはない。特に自分のところの組員が殺されてるんじゃ、柳沢組にとってはメンツの問題もある。オデコよりも先に、殺しロクったヤツを捕まえてケジメを取りたいのが本音のところだ。だから情報ネタが欲しいなら、弱味を突いて脅すしかない。そういうヤクザの弱味はマル暴しか握ってないからな」

笈川の説明に、慧はようやく納得したように頷いた。

橘たちにとっては当たり前のことが、堅気が長かった慧にはピンとこない。そんなことはいくらでもあるようだ。

多分、先ほど受付に出した香典袋の相場が、暗黒街においては数十万だなんてことも、慧が知ったら驚くだろう。橘は組長でも下目だからそんなものだが、高目の新城しんじょうあたりは百万単位で包んでいる筈だ。

長い列に並んでようやく焼香を済ませると、柳沢組の若い衆がやってきて橘たちを精進落としの席に案内した。

宴会場の大広間にはずらりと大きな座卓が並べられ、豪華な精進落としが用意されていた。旅館も料亭も貸切でこの豪勢な料理では、たとえ百万単位の香典が集まっても、やっぱり柳沢組がウケる*12金額は知れてるな、と橘は考えた。

通夜の精進落としであるから献杯があるわけでもなく、集まった者から勝手に食事を始めているが、その来客のほとんどが音羽おとわ会の親分衆である。組織の最末端である橘組としては呑気に座って食事を楽しんでいる余裕はない。橘組では組長である橘も、音羽会内では最年少舎弟の扱いだ。それは若頭である笈川も同様で、ふたりはそれぞれ目についた親分たちに酌をしに席を立った。葛西も立ち上がる。

「お、俺も行った方がええやんな」

慧もどぎまぎと立ち上がった。

ついこの間まで堅気だった慧は、こんな場には慣れていない。ましてや数十人の強面の大物ヤクザ相手にひとりで酌をして歩くことはできないだろう。しかし、このままぽけっと座らせておくわけにもいかない。橘は苦笑した。

「おまえは俺の舎弟のつもりでついてこい」

橘たちは、喪主の立場である柳沢組組長 柳沢 進二の元を初めに訪れた。

「このたびは残念なことでした」

橘が手をついて挨拶をすると、組長の柳沢はうんうんと頷いた。

「橘組の、わざわざすまなかったな」

柳沢 進二は一見、ヤクザには見えない好々爺だ。挨拶程度ではあるが、橘も面識だけはある。もう七十代である柳沢は、いつも穏やかな雰囲気を漂わせている。あくまでも橘の知る限りは、だ。しかし親分になるほどの人物であるからには、当然、その裏になかなか侮れない本性も隠しているに違いない。

「おまえ、中島と飲んだらしいね」

柳沢はしんみりとした様子でそう言った。新城から聞いたのか、慧の快気祝いにロゼでたまたま中島に会ったことを言っているのだろう。橘ははい、と頷いた。

「新城の兄貴のご友人だったそうで。先日、横浜でお会いした時には中島の阿仁あにさんには良くしていただきました」

その後逢引していたことまで、この人の良い往年のヤクザに伝える必要はないだろう。そんなことを知ったら、柳沢はこの場でひっくり返ってしまうかもしれない。

「中島はいい渡世人だったからなぁ。俺もあいつには期待してたんだが、本当に残念だよ」

笈川の話では、生前の中島 誠は若頭の向井に続く実力者だった。それが真実だとすれば、この柳沢組長の落胆ぶりは納得できる。

「おまえたちのところにもオデコは行ったかい?」

柳沢が尋ねた。

「…ええ、まぁ…」

橘が曖昧に返事をすると、柳沢は心得ているとばかりに頷いた。たとえ中島を殺害した犯人をつきとめるためであろうとも、ゴロツキが警察関係者に協力したりはしないことは了解済みなのだ。

「これは新城にも聞いたんだがね…、中島に特に変わったところはなかったんだろ?」

橘は首を横に振った。これは嘘ではない。ロゼの席ではもちろん、その後、ふたりでホテルにまで行ったにも関わらず、中島 誠は、自身の身に殺されるような危険が迫っているような話はしていなかった。

中島の渡世の親である柳沢が、ちょっと顔がついた*13だけの橘にこんなことを尋ねるようでは、縄張りシマ内であからさまな揉め事があったわけではないようだ。少なくとも組長の柳沢の耳に入るようなところでは――

そうか、と沈痛な面持ちで頷いた柳沢は、なにかに気づいたかのように顔をあげた。

「ああ…、すっかり忘れていたよ。おい日野、こちらは横浜の橘組の親分だ。橘、これは柳沢組ウチの日野ってもんだ」

柳沢は自分の隣に座っていた五十絡みの男を橘に紹介した。



*12…儲かる。
*13…知り合う。

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第二章『死体置場でロマンスを』1

Tattoo Maniac



次の日、たちばなけいを連れて、笈川おいかわ葛西かさいと共に三崎みさきに向かった。中島なかじま まこと葬式ギリゴトに参加するためだ。

通夜が行われたのは寺ではなく旅館を併設する料亭だった。すべてを貸し切りで通夜が行われるというから、生前の中島 誠がいかに柳沢組で高い地位を占めていたのかが分かろうというものだ。

葬式ギリなんて大抵はアシ集めって相場が決まってるってのに、豪勢だな。これじゃあジギリどころか大ガミだぜ」

受付を終えた橘は、通夜会場となっている大広間で笈川にそっと耳打ちをした。

「羽振りが良さそうだな」

そう囁き返した笈川の背中を葛西が突ついた。

「見慣れたオデコが来てますよ」

葛西が示した方に目をやると、マル暴の矢部刑事と刑事一課の和泉いずみ警部補が広間の壁際に立っていた。

「矢部のダンナはともかく、あのぼうやは悪目立ちだぜ」

たしかに葛西の言うとおりだ。一見してゴロツキにしか見えない矢部はうまく周囲に溶け込んでいたが、年齢も若く小綺麗な和泉は堅気丸出しである。

葛西がふふんと鼻で笑ったちょうどその時、和泉がこちらを見た。

橘たちに気づいたふたりの刑事は、まったく異なる行動に出た。矢部は見て見ぬ振りをしようとして、和泉は颯爽とこちらに歩み寄ってきたのだ。

春海はるみさんっ」

和泉はまっさきに慧に声を掛けた。

「いらしてたんですね」

「は、はい…」

和泉の勢いに気圧されて、慧は後退さっている。橘と葛西は横を向いて笑いを堪えた。

「――和泉さん…っ」

うんざりした様子の矢部刑事が、慌てて和泉を追いかけてきた。

「よお、おっさん」

橘が声を掛けてやると、矢部はげんなりした表情で不機嫌に、おう、とだけ返事をした。ふたりの刑事は当然、中島 誠殺害事件の捜査で通夜の様子を窺いに来たのだろうが、そこで顔見知りのヤクザとツラを突き合わせる羽目になっているのは、橘のせいではない。空気の読めない、階級だけは高いが経験値の低い相棒刑事のせいだ。だから矢部の不機嫌はただの八つ当たりだ。

「先日は美味しいコーヒーをありがとうございましたっ」

「い、和泉さん…っ、あんまりデカい声でそういうことを…っ」

ヤクザの橘と警察官の矢部が互いの連絡先を知っていたというだけで不謹慎だと言っていた割に、ヤクザにコーヒーをご馳走になったことは気にならないらしい。

矢部が慌てて口の前で人差し指を立てている。なんにしても通夜の席で元気な声を張り上げるのはいただけない。

「あ、いえ…」

ふたりの刑事の来訪の後、和泉に惚れられたと散々からかわれた慧は、顔を真っ紅にして下を向いている。

まったくこんな調子だから、こいつは男の下心につけいれられるのだ。

「おい、オデコ」

橘は芝居掛かった低い声を出してみせた。

「てめぇ、こいつが俺の情人イロだって分かっててコナかけてやがるなんざ、いい度胸じゃねぇかよ」

「た、橘…っ」

慧が慌てて橘の腕を引く。警察官を脅しているからではない。堂々と情人だなどと言われることが恥ずかしいのだ。

しかし和泉は引かなかった。

「おまえみたいなヤクザと一緒にいることがこの人の幸せだなんて、俺は思わないぞ」

堪えきれずに葛西が吹き出した。

「し…、幸せ…っ」

さすがに通夜の席上で爆笑するわけにはいかないと分かっているのだろう。葛西は笈川の影に隠れて、必死で笑いを押し殺している。後でシメてやろう。

「うるせぇ、ガキ。てめぇが男の幸せ語るなんざ十年、早ぇ」

「なんだと…っ」

場所柄も弁えずに若い警部補は気色ばんだ。

「やめなさいって」

矢部が溜息を吐きながら間に割って入った。

「橘、おまえもいい加減にしてくれ」

「そっちがケンカ売ってきたんだろうがよ」

橘が膨れると、矢部は再び溜息を吐いた。

「橘、俺はいい加減にしてくれ、と頼んでる、 、 、 、んだよ」

矢部は本当に拝みそうな勢いで言った。

正義感は強いが、まだ警察官としての経験が浅く、おまけにヤクザ者との駆け引きが苦手そうなこの若い上司の扱いに困っているのだ。

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【Morning Moon シリーズ登場人物一覧】追加しました

お知らせ & お礼


皆さま、いかがお過ごしですか?
飛炎魔ですm(_ _)m

無事、スピンオフ【大阪 Baby Blues】が完結して、本編に戻り【Tattoo Maniac】スタートいたしました♪
早速、お久しぶりの慧くんと橘さんのエロシーンも書けましたw

そこではた…と…
このシリーズも気がつけば本編も6話目…時々、抗争事件なんぞも起きますんで、登場人物も相関図も勢力図もすでに大混乱の様相を呈しております。。。

そこでごくごく個人の覚書 & この名前すでに使った??確認に、登場人物一覧を作りました。
最初は個人的に使うためだったのですが、よく考えて見たら、こちらのブログを見に来てくださっている皆さまが一番、混乱してるんじゃ。。。💧と思いまして。。。

こちらの登場人物一覧もブログに載せさせていただきました。

特に目新しいものはございません💦
ただただヤクザのおじさんたちの名前が並んでいるだけでございますw
特に珍しい名前を使うわけでもないせいで(だって半分くらい死んじゃうし。。。)
ますます混乱ぎみのMorning Moonワールドのちょっとした整理整頓でございますw
(一覧の方は新しい登場人物が出るたびに更新させていただきたいと思います)

このシリーズ続けて行くうちに日本横断、暴力団勢力図ができそうですねw

相変わらず平均年齢高めのオリジナルML(もうBLと呼ぶことはできないでしょう。。。)ブログですが、今後ともどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

飛炎魔
07/05/2018

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【Morning Moon シリーズ】 登場人物一覧

シリーズ登場人物一覧

【Morning Moon シリーズ】
登場人物一覧


春海 慧 (28) …橘 裕貴の情人。元は堅気のサラリーマン。

橘 裕貴 (30) …関東音羽会橘組組長。

笈川 一臣 (33)…関東音羽会橘組若頭。橘の情人。


[橘組] 本拠地: 横浜

葛西 哲也 (40)…関東音羽会橘組幹部。フロント会社サラスヴァティ常任組員。

上原…葛西の舎弟。

牛丸 (35)…橘組幹部組員。橘の運転手。

葵 (20) …橘組組員。横浜の不良少年グループ舞乱華元総長。

村尾 (36) …橘組幹部組員。

冨樫 悟 (25)…村尾の舎弟。

剛介 (23)…橘組組員。


淳子 (32)…橘組経営風俗嬢たちの寮母兼世話役。内藤 啓介の元愛人。

春海 結佳 (25)…慧の妹。恋人の借金返済のため、橘組直営風俗店勤務。

村尾 弥生…村尾の妻。ふたりの子どもの母。旧姓、篠田 弥生。


[新城組] 本拠地: 横浜

新城 彰 (43)…関東音羽会新城組組長。音羽会直参幹部。橘の情人。

柴田…新城組若頭。


[音羽会柳沢組] 本拠地: 逗子、三沢

柳沢 進二…柳沢組組長。逗子。

向井…柳沢組若頭。

日野…柳沢組幹部組員。

白川 武尊(たける)(23) …柳沢組組員。中島の舎弟。


[関東音羽会]

沖賀 隆一郎…関東音羽会会長。


[華僑 龍神]

陳 済深(チェン ジーシェン)…横浜老華僑の長。通称、虎彪(フービャオ)

陳 美鈴(チェン メイリン)…陳大人の孫。陣 浩輝の妹。

猩々(シンシン)…中国人の事故物件専門の不動産屋。

陣 浩輝(チェン ハオフェイ)…裕貴の仲間。通称、コーキ。


[彫豊]

柊弥 (32) …二代目彫豊。

亮祐 (35) …彫豊の彫師。柊弥の元兄弟子。現恋人。


[警察関係者]

矢部…伊勢佐木警察署暴力団対策課の刑事。

和泉 翔太 (27) …伊勢佐木警察署刑事第一課キャリア警部補。


[橘の情人]

拓巳 (29) …ロゼのバーテンダー。

内藤 啓介 (故)(40) …元阪神山内組直参。橘の過去の男。橘に射殺され死亡。

砂川 香織(故)…砂川 剛の妹。橘の元恋人。


[山梨菊水一家]

伊原 源一…山梨菊水一家会長。

藤波 譲…山梨菊水一家藤波組組長。本拠地: 富士吉田。

彩…藤波の愛人。富士吉田のクラブ彩のママ。


[静岡水葉会]

南部…静岡水葉会会長。

天童…静岡水葉会天童組組長。本拠地: 修善寺


[阪神山内組]

篠田…阪神山内組七代目組長。

前田…前田組組長。

小林…小林組組長。


『Morning Moon』ゲスト

寺島 竜也(故)…関東音羽会寺島組組長。橘に射殺され死亡。

藤波 譲…山梨菊水一家藤波組組長。


『TOXIC』ゲスト

猩々(シンシン)…中国人の事故物件専門の不動産屋。

陳 済深(チェン ジーシェン)…横浜老華僑の長。通称、虎彪(フービャオ)。

陳 美鈴(チェン メイリン)…陳大人の孫。陣浩輝の妹。

瀬田…横浜の実業家。寿町ビル抵当権の持主。

島津…島津不動産社長。元音羽会構成員の土地ゴロ。関東から放逐。

安藤 恵里…島津の愛人。


『BROTHER』ゲスト

村尾 弥生…村尾の妻。

新城 彰 (43)…関東音羽会新城組組長。音羽会直参組員。橘の情人。

砂川 剛(故)…静岡水葉会天童組組員。

砂川 香織(故)…砂川 剛の妹。橘の元恋人。

荻野…通称ポン。砂川 剛の舎弟。

容子…砂川 剛の恋人。修善寺のスナックのママ。

矢部…伊勢佐木警察署暴力団対策課の刑事。

天童…静岡水葉会天童組組長。

南部…静岡水葉会会長。


【DIRTY SITUATION】ゲスト

拓巳 (29) …ロゼのバーテンダー。橘の情人。

司 (18) …都内のウリ専少年。


【KILLER STREET】ゲスト

秋光 健太郎(故)…整体師。元殺し屋。橘の情人。

斉藤(故)…殺し屋。

高遠 孝次郎(故) (35)…四友都市開発事業本部長。


【TATTOO MANIAC】ゲスト

中島 誠 (40) (故)…音羽会柳沢組幹部。

白川 武尊(たける)(23)…音羽会柳沢組組員。中島の舎弟。

柊弥 (32) …二代目彫豊。

亮祐 (35) …彫豊の彫師。柊弥の元兄弟子。現恋人。

矢部…伊勢佐木警察署暴力団対策課の刑事。

和泉 翔太 (27) …伊勢佐木警察署刑事第一課キャリア警部補

山下…音羽会柳沢組組員。

柳沢 進二…柳沢組組長。


【Mid Night ヨコハマ】ゲスト

陣浩輝(チェンハオフェイ)…老華僑長老の孫。裕貴の仲間。通称、コーキ。

山本一家…横浜の音羽会系暴力団。解散。

伊藤…山本一家組員。

タイタン…横浜の不良少年グループ。山本一家直属の少年ヤクザチーム。解散。

渡瀬…タイタンリーダー。


【大阪 Baby Blues】ゲスト

『大阪』

真島(故)…阪神山内組六代目組長。

横尾(故)…阪神山内組横尾組組長。次期山内組会長候補。

篠田…山内組若頭。現阪神山内組七代目組長。

塚原(故)…篠田の右腕。バーで裕貴が射殺。

渡会組…横尾方の山内組内組織。組長死亡。

橋本…渡会組若頭。

沼田組…一臣が世話になる横尾方組織。組長死亡。

磯村…沼田組の金庫番。一臣の世話役。亮と手塚の兄貴。

淳子…内藤の情人。

亮(故)…内藤グループのリーダーの少年。長身。

手塚(故)…同上。

小宮(故)…同上。華奢で小柄。お好み焼きを焼くのが得意。

相原(故)…同上。射撃が得意。

『横浜』

森…音羽会森組組長。新城と葛西の親分。引退後、新城へ縄張りを引き継ぐ。

鶴田(故)…森組組員。大阪へ腕貸しに。

秋津…音羽会秋津組組長。引退。

島村…秋津組組員。裕貴と一臣の兄貴分。引退。

早川一家…篠田側。麻薬取引中に内藤に襲撃される。

【騎龍弁天】ゲスト

柊弥 (22) …二代目彫豊。

亮祐 (25) …彫豊の彫師。柊弥の元兄弟子。






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第一章『悪魔の恋』15

Tattoo Maniac



慧の手が伸びてきて、橘の男に添えられ、もう片方の手が腰を掴んだ。

慧が、橘のそれの先端に舌先を捻じ込むように刺激した。

「ああ…っ」

急激な快感に、体が崩れそうになり、それを腰に当てられた慧の手が支えた。

こいつ、分かっててやってやがる――

最初から、激しい快楽に橘が体勢を崩すと予想して、慧は腰を手で支えていたのだ。

「やめ…っ、ああ…っ」

慧の愛撫から逃げようと身を捩ったが、力が入らなかった。

前のめりに体が倒れかけて、ベッドのヘッドボードに手をついた。

その浮いた腰に慧の指先が忍び寄る。その入口を撫でられた。

「ああ…っ、や…っ」

もう体を支えるだけで精一杯だ。

その体内に容赦なく慧の指先が潜り込んだ。

「やだ…っ」

これ以上の快楽を与えられたら、爆発してしまう。けれど慧の方は、さっきの一回では終わらないだろう。この後も際限なく犯されることは分かりきっている。

必死で逃れようとしたが、もう体が思うように動かせなかった。

「ああっ」

体内をまさぐられ、その男をなぶられる。

閉じられない唇から唾液が糸を引いて零れ落ちていくのを感じた。

「慧…っ、もう…っ離…せ…っ」

それでも慧の動きは止まらない。

日頃は自分の怒りに怯えているくせに、こいつはなんだってベッドの中では絶対に俺の言うことを聞かねぇんだ――

身体中から汗が噴き出す。

「ああ…っ」

もう全身が快楽に飲まれている。それが出口を求めて、体の中央に集まってくるのを感じた。

「や…っ、慧…っ」

もう止まらない――

橘は吐精の快感に体を震わせた。

ほとんど倒れるようにベッドに崩れ落ちた。

力の入らない自分の体を、慧が人形を扱うかのように仰向けに返した。

そのまま体が重なる。

ヤバい――

そう思う間もなく、慧の男が、先ほどまでその指が占領していた部分に侵入してくる。

「いやだ…っ」

そう叫んだ筈の声が、掠れて囁くように慧の耳許に落ちた。

「ごめん…っ」

心底、申し訳なさそうに慧が謝る。だからといって、けっしてその動きは止まらない。こいつはそういう男なのだ。

申し訳なさそうに、遠慮がちに――それでも橘を求める。

「なにが…っ、ごめん、だ…っ」

こいつは悪いなんて絶対に思っていない。

なんだったら日常の恨みをベッドで晴らしているんじゃないか、と思わず猜疑にとり憑かれた。

――日頃の行いが悪いからベッドでケジメを取られるんだ

新城に以前、言われた言葉を思い出した。

くそ――

精を吐き出したばかりの敏感なそれが慧に握り込まれた。

「や…っ、離せ…っ」

声になっているのかいないのか。もう息をするだけで精一杯だ。

犯されている体内から嵐のような快感が、再び体を襲う。

「ああ…っ」

突き上げられる衝撃に橘は身を委ね、その意志を放棄した。




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第一章『悪魔の恋』14

Tattoo Maniac



暴力的とも言える激しい衝動に突き動かされて、橘は体を起こすと、無理矢理、慧と体勢を入れ替えた。慧の体を組み敷いてその上に跨る。自身の体の中央が痛むほどに堅くなっているのを感じる。

「た…、橘…」

少し怯えたような表情で、慧がこちらを見あげている。

「――おまえは俺を好きなのに…、俺が他の男に抱かれてても気にならねぇんだな…」

自分でも思ってもみなかった言葉が口を突いて出た。

なにを言ってるんだ、俺は――?

気にもしていないのは自分の方だ。そんなこと分かりきったことだ。

慧がいても、平気で他の男とシケ込んでいるのはてめぇじゃねぇか――

それに慧はまったく気にしていないわけじゃない。

橘が自分を裏切って他の人間に身を任せている――その苦しみに慧が欲情していることを橘は知っていた。

こいつは真性の被虐趣味だ。

傷つけられ、痛めつけられるほど、その傷と苦しみに刺激されている。

それを分かっているから橘はあえて慧の目前にその裏切りを晒す。

俺に飢えろ――

欲望をたぎらせろ――

そう仕向けているのは自分自身なのに――

その与えられる痛みがあまりに頻繁で、もともと被虐性が強く、耐性が高い慧が多少、その苦しみに鈍感になったところで、それはこいつの責任じゃあないだろう。

慧の表情は混乱したようなものに変わった。そりゃそうだ。言ったこっちが一番、混乱している。

もう面倒になって、慧の下着を引き摺り下ろした。そこに隠した男にものも言わずに吸いついてやる。

「…あ…っ」

慧の喘ぎが零れた。

舌を全部使って慧を舐めあげると、腿の筋肉が震えるのが視界の片隅に入った。そこに指先を這わせる。

人間の性感帯は全部、体の内側だ。腕でも足でもそれは同じ――日頃、外気に晒され難い場所が敏感なものだ。

そういえば、体を合わせ始めた頃は、慧はそんなことも知らないほど純情ウブだった。

一から橘が教えてやったようなものだ。体のどこをどうすれば感じるのか――男の抱き方も――

今度は舌先で雄の裏側の中央を舐めた。

「ん…っ」

橘に攻められて喘ぐのが恥ずかしいのだろう。必死で声を押し殺しているのが分かる。

「声出せよ…慧」

そう言ってやると、慧のそれの先端からじわりと雫が沁み出した。

言葉よりも体の方が正直だ――

雫に舌先を当てるようにして、それをそっと舐めとる。そのまま敏感な先端を、触れるか触れないかぐらいの繊細さでなぞっていくと、慧の体が跳ねた。

「ああ…っ。それ…っ、アカン…っ」

橘の頭に当てられた慧の手が震える。押しとどめようとしているのか、それとも本当はもっとして欲しいのか、ちっとも分からない。思わず笑みが漏れた。

それからゆっくりと全体を口に含んだ。唇を当てて、ゆっくりと上下させていくと、慧の手が橘を止めた。

「ホンマにもうアカンて…っ。…このまんまイきそうや…っ」

「イけよ」

別に構わない。こいつは一回くらいどうってことないんだから。

慧のかわいい顔と純情そうな態度に誤魔化されてはいけない。こいつは底なしだ。

好き勝手にやらせておいたら、橘の方が先に根をあげる。

慧の抗議に耳を貸さず、橘は手と口の両方でその男を刺激した。

「あ…っ、橘…っ」

頭に掛かった手に力が籠もり、橘の髪が鷲掴みにされた。その途端、口の中の雄が震え、咥内に温かい粘液が弾けた。

それをすべて飲み下してから、橘は体を起こした。まだ慧は荒い息を吐いている。

「俺にもしてくれるよな?」

橘はそう言って下着を自ら脱ぎ捨てると、慧の頸の辺りに跨った。

そのまま慧の口元に自身のそれを押しつける。慧は素直に口を開いた。

舌を伸ばして、自分のそれを舐めている慧を見下ろした。

頰が紅潮している。

慧の与える快感に橘は息を吐いた。

「うまくなったな…っ」

最初はただ闇雲に擦りあげるだけだったのに。

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第一章『悪魔の恋』13

Tattoo Maniac



「――おまえは――好きじゃない男にもキスできるか?」

橘がそう訊くと、慧は行為を中断してぽかんとした表情を見せた。

「な…に言うてんの?」

「だからキスだよ。好きじゃない男にもできるか?」

「アホちゃうか、おまえ。なんで俺が男にキスしたいねん」

慧は本気で飽きれているようだ。飽きれたいのはこっちの方だ。今、慧が抱き締めて、キスどころかおまえが一物、勃たせている俺こそが男だと言ってやりたい。

「あ、おまえはできるか。だって結構、やられてるもんな」

橘の下に身を寄せてから、慧は何度も危険に遭遇している。橘の情人に拉致されたり、殺し屋に命を狙われたり――その過程で、慧は何度か男に唇を奪われるような目にも遭っているのだ。

「アホかっ! 好き好んでしてへんわっ」

慧が真っ紅になって喚いた。きっと脳裏には、これまで襲われた経験がまざまざと蘇っているに違いない。

「――俺は?」

橘の問いに、慧は再びきょとんとした表情を見せた。途端に、ムラムラと襲いかかりたい衝動が走る。まったくこんな無防備でかわいい表情を誰彼構わず見せるから、こいつは好きでもない男に唇を奪われたりするのだ。

「俺にだってするだろ?」

もう一度、問うと、慧はますます紅くなった。

「…だって…、おまえは…」

「俺は? なんだよ」

「……」

慧が口の中でもごもごと呟いた。

「はっきり言えよ。聞こえねぇ」

そう言ってやると、慧はちらりと上目遣いで橘を見た。

こいつ、あとで覚えてやがれ――

物騒な物言いだが、要は後で死ぬほどいい目、 、 、に遭わせてやろう、という意味だ。

「――だって…、おまえは…、好きやからええねん…」

――ぞくりと背筋が震えた。

こんな答えを期待していたわけじゃないのに――

何気ない問いかけだった。慧のくちづけから、中島がキスをしなかったことを思い出した――ただそれだけだったのに――こいつはいつも俺が思いもよらないことを言ったり、やったりする――

慧は以前にも、橘に好きだ、と言っていた。いや、言葉にしなくても、何度も何度もその想いをぶつけてきている。

橘にはそれが良く分かっている。そういう人の気持ちに鈍感ではヤクザ稼業など務まらない。同情心に欠けることと、相手の思惑を読めることは別の話なのだ。

そのたび、橘はそんなものは錯覚だ――と慧を突き放してきた。

本当は――橘にだって分かっている。

慧は本気だ――

本気で、この冷酷で下衆な極道の外道を愛している、と言っているのだ。

たとえ自分の妹を生き地獄に突き落とした男でも――

それは橘の思っているとおり、錯覚に過ぎない。恋愛感情なんてもの自体が土台、錯覚なのだ。ただの思い込み――

それでも慧が、本気でそう思い込んでいる、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、ことは分かっている。

こんな世界で誰かを愛するほど莫迦げたことはない。

どうせ裏切られるだけなのに――

誰かに情を傾けたり、愛を注いだり、そんなことにはなんの価値もない。

世界は変わらない、 、 、 、 、 、 、 、

弱味を見せれば、裏切られ、利用されるだけなのだ。

それなのにこんな外道にべろりと己れの本音を晒け出す――その無防備さが橘を掻き立てる。

こんな奴は他にはいない――

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第一章『悪魔の恋』12

Tattoo Maniac

********

兄貴分の新城との会合ではなんの成果も得られなかった。葵にプリントアウトさせた写真も見せたが、柳沢の親分と菊水一家 伊原との仲は、沖賀も黙認事項だと言われてしまった。山梨と縁を繋いでおけば、また折り合いが悪くなった時に、逗子に間に入って貰えるというわけだ。

結局、橘は、情人でもある新城に抱かれるために会いに行ったようなものだ。

「…ヤられ損かよ」

行きつけの居酒屋の個室で橘はボヤいた。

ってことはないでしょう。橘さんだっていい思いしてんじゃないですか」

橘の向かいに座っていた葛西が聞きつけて、にやにやした。

「うるせぇな」

ヤクザとして売り出すか売り出さないかの頃から橘を知っている葛西は、他の舎弟よりも気安い。こんな時はすぐに茶化すから鬱陶しい。

ふと視線を感じて顔をあげると、隣に座っていた慧と目が合ったが、その視線はすぐに逸らされた。

最近、慧は橘の浮気癖に大分、慣れてきたようだ。少し前までは橘が他の人間と過ごすたびに、あからさまに動揺し、傷ついた表情を見せていたが、今ではほとんどなにも言わなくなってしまった。慧が慌てふためく様を楽しんでいる橘には、少々つまらない。

「そうだ。中島の葬式ギリゴト案内チラシが来てたぞ。行くんだろ?」

笈川の言葉に、橘は曖昧に顎をあげた。行くに決まっている。笈川も本気で尋ねているわけではない。ヤクザにとって冠婚葬祭は、半分は金を集める手段みたいなものだから、たとえ直接知らない相手でも、どこかでエダが繋がっていれば、金を出す。そのついでに顔も出す、ということだ。

「そういや新城さんが、俺と寝た男が殺されてんなら、嫉妬に狂った情人イロじゃねぇかって言ってたぜ」

橘が冗談混じりに言うと、慧が飲んでいた日本酒を吹き出しかけた。

「アホ。おまえの相手をいちいち殺してたら、俺、大量殺人犯になってまうわ」

「言ってくれるじゃねぇかよ」

「首を切るなんて、慧がやりそうもないな」

珍しく笈川がそう言って、にやりと笑う。

そうだ――中島は首を切られていたんだった。

「なんで首なんか切ったんだろうな」

橘が言うと、テーブルを囲んでいた男たちが顔をあげてこちらを見た。

「そういやぁ、そうですねぇ」

葛西も訝しげに首をひねる。

「身元がバレないようにとか?」

葵が口をモグモグさせながら言って、隣に座った牛丸うしまるに食いながら喋るんじゃねぇ、と頭を叩かれている。新人教育係も大変だ。

「今時の科学捜査は徹底してるからな。首を切ったくらいじゃ、身元なんてすぐバレる。特に前があったんじゃ、オデコのデータ見りゃ、一発だ」

笈川がビールを飲みながら言った。

「バラバラ死体ってんなら、犯人が女だからってことでしょうがねぇ」

葛西の言葉に慧が目を丸くしている。

「どういうことですか?」

「たいして意味なんてねぇんだよ。オロクってのは重いからな。女ひとりじゃ運びきらねぇ。だからバラして持ち運びしやすくするってだけだ」

バラバラ死体など猟奇じみて聞こえるが、現実はそんなもんである。扱いづらいものだから、小さくしてしまおうというような、意外に現実的な理由に過ぎなかったりするものだ。

だが、首だけを切る、 、 、 、 、 、というのは妙だ。意味もなくそんな手間のかかることはしない。

「首…、まだ見つかってへんて言うてたな」

「ひえっ、犯人が持って帰ったってこと? こえ〜っ」

葵がかなり本気で引いている、 、 、 、 、。たしかに自分が殺しロクった男の首を持ち帰るなんて、趣味がいいとは言えない。

持ち帰った犯人にはなにか理由があるのだ――

橘は猪口の酒を舐めた。

マンションに帰り、寝る支度をしてベッドに入ってから、橘はいつものように慧の袖を引いた。相変わらず、最初はおずおずと慧は橘に手を伸ばした。

唇が重なり、慧の舌が滑り込んできて、橘はふと思い出した。

そういえば中島 誠は、橘に一度もくちづけをしなかった。

別にキスが好き、というわけでもないから、あの時は気にもならなかった。

それに、たまにいるのだ。セックスはできても、くちづけだけは本当に好きな相手じゃなければ嫌だという奴が。橘には理解し難い感覚だが。

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第一章『悪魔の恋』11

Tattoo Maniac



「おい…――」

「はいはい」

橘がパソコンを持ってこいという前に、葵は薄いノート型パソコンをテーブルの上に置いた。

「なんか変なウィルスとかじゃないですよね〜」

と、ぶつぶつ言いながらUSBポートにそれをそっと挿し込む。

「あれ…?」

葵が少し意外そうな声を出した。

「なんだ?」

「画像ですね…。写真かな? 開いてみますか?」

橘が早くしろ、とせっつくと葵はその画像を開いた。

それは、和室で並んで笑顔を見せる初老の男ふたりと、中年の男たちが並んでこちらを向いた写真だった。なにかの会合か食事会の記念撮影なのか、男たちの前にある大きな座卓の上に半ば手のつけられた料理や、お銚子、酒猪口、瓶ビール、グラスなどが乱雑に置かれている。床の間を背にしているようで、背後には掛け軸と花を活けた花器の置かれた違い棚が写っていた。

「こいつら…」

橘が呟くと葛西がまた小さく笑った。

「こいつら、はマズいでしょうよ。これ、伊原いはらの大親分と逗子の柳沢さんじゃないですか」

「おまえもこれ、 、って言ってんじゃねぇか」

橘が鼻に皺を寄せると、慧が尋ねた。

「伊原の親分?」

「山梨菊水一家きくすいいっか会長の伊原さんだ」

笈川がその問いに答えた。

山梨菊水一家は、関東音羽会のかつての仇敵だ。長い間、両組織間で抗争が続いていたが、大きな広域暴力団同士が長く争っていては、いずれ警察が動き出し、下手をすれば双方共倒れになることを心配した菊水一家会長の伊原 源一げんいちと音羽会の沖賀おきが 隆一郎りゅういちろうの間で五分盃*12が交わされ、今は休戦協定ができている。しかし、当然ながらこんな休戦協定は表向きの約束事だ。山梨と関東は、今でも互いの喉笛を狙い合う間柄であることは間違いない。現に音羽会一門の橘組は、数ヶ月前にも菊水一家の藤波組と揉めたばかりである。

その一方の長である伊原と音羽会傘下の三島の柳沢組組長が、なぜにこやかに一緒に写真に納まっているのだろうか。

「なんなんだ、こりゃあ…」

橘がコンピュータの画面を睨みつけていると、笈川が言った。

「たしか伊原親分と柳沢さんは古馴染みだったんじゃなかったか?」

橘は画面から顔をあげて、笈川を見た。

音羽会ウチ菊水一家むこうの手打ちの話は、柳沢さんが間に入ったと聞いたことがある」

実際の手打ち式の立会人は双方公平にと、音羽会と関係のいい静岡水葉すいよう会会長 南部なんぶと菊水一家の方からは、大阪が本拠地の阪神山内組七代目組長 篠田しのだが立った。だがその手打ちを進める過程で、その仲立ちをしたのが菊水一家会長と昔からの知己だった三崎の柳沢組長だった、と笈川は言った。

橘組は当時、まだ組を開いたばかりで、手打ちの過程にはほとんど携わることはなかった。音羽会会長直参じきさん*13の新城について山梨へ行き、手打ち式の準備を下の方で手伝っただけだ。

橘組の面々は、組長の橘も含めて、柳沢組長と親しくつきあいのある者はいなかった。何度か、仕事絡みで逗子方面へ出た時に挨拶を入れたことがある、という程度だ。

橘はふん、と鼻を鳴らした。

「昔馴染みとの、ただの親睦会ならいいけどな」

だとしたら、なぜ中島 誠は、こんな写真を、こんな手の込んだ方法で橘に託したのだろうか。おまけにその直後に中島は何者かに殺害されている。

「新城の兄貴に当たってみるか…」

橘は半ば独り言のように呟いた。

「しかし、新城さんも、中島とは寄せ場*14以来だったようじゃないですか。最近の様子まで知らねぇんじゃ…」

葛西の言葉に橘は肩を竦めた。

「中島のことはともかく、この写真についてはなにか知ってるかもしれないぜ?」



*12…上下関係のない対等な兄弟としての盃。
*13…組織によって異なるがここでは会長から直接、親子盃を受けた者を指す。
*14…刑務所。

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第一章『悪魔の恋』10

Tattoo Maniac

**********

橘には、三崎の男、中島 誠が殺されるような心当たりはなかった。あの晩も中島はなにも言ってはいなかったし、なにか面倒なことに捲きこまれている様子もなかった。

ただ、ひとつ気になることはある。

「――一臣、おまえ、柳沢組の中島 誠の名前に聞き覚えはあるか?」

「名前だけなら知ってるぞ。柳沢組では若頭の向井さんに次ぐナンバー3だと聞くからな」

「それ以外の噂は?」

橘の問いに笈川は少し考えるような顔をしたが、首を横に振った。

「葛西、おまえはどうだ?」

「俺も噂は良く知ってましたよ。ヤクザとして売り出したのも同じ頃だし、三崎は横浜の目と鼻の先だから」

橘も、中島 誠の名前を聞き知っていたことに後で気づいた。中島は、橘が横浜で組を構える親分だからと礼を尽くしてくれていたが、三崎ではかなりの大物の渡世人だ。

「で? 誰かあいつが男好きだ、 、 、 、って聞いたことはあったかよ?」

そう問うと、その場にいた全員が一体、なにを言い出すんだ、という表情を見せた。

中島あいつは俺が男もイケることを知ってたようだぜ? 噂になってるってよ」

そう言ってにやりと笑うと、笈川が溜息を吐いて、葛西が吹き出した。慧は顔を真っ紅にしている。

「まぁ、そんなヤツはゴロツキには珍しいからな」

そう言った笈川がなにかに気づいたように橘を見た。

笈川は莫迦ではないから、橘が考えていることに気づいたのだろう。

「そうか…。皆の前で堂々と、 、 、 、 、 、 、初対面のおまえを誘うような男なのに、それ、 、が噂にはなってないのか…」

「なるほど」

葛西も笈川の言わんとすることが分かったらしい。慧だけが、まだきょとんとしている。

「あの…、それがなにか…?」

慧がおずおずと尋ねた。

「おまえは裕貴に慣らされてるんだろうがな、こっちの世界だって男と男が…なんてのはかなり珍しい話だ」

笈川が慧に説明してやる。

「まぁ…単純で流されやすい莫迦ばっかりだから、こっそり一回くらい試したことあるなんてヤツは意外といるかもしれねぇがね」

葛西が混ぜっ返すと、笈川がそれを横目で睨んだ。高目の哥兄に睨みつけられても、葛西は悪びれずに慧に向かって舌を出してみせている。

「葛西たちの目の前で裕貴を誘うなんて、まるでそっちの趣味を隠していないようなのに、噂になっていない…」

「橘さんの方はきっちり三崎まで噂が届いてるみたいなのにねぇ」

葛西が相変わらず、にやにやと笑う。

「だとしたら裕貴を誘ったのは、中島 誠らしからぬ、 、 、 、 、行動だったのかもな」

「なにか…、別の目的があったのかもしれないですね」

そのにやついた顔のまま葛西が言った。

橘を誘った別の目的――

なにかを臭わされた覚えはない。それならそうと分かる。

なにかを渡された覚えもなかった。あとはなにか、それとは知らずに仕込まれたか――

橘はカバンの類を持ち歩かない。必要なのは財布と鍵と煙草くらいだ。それらはいつも、パンツかジャケットのポケットに押し込んである。

「慧、あの日、俺が着てた服になんか入ってたか?」

常からその辺に服を脱ぎ散らかす癖のある橘の後を追っかけて、それを拾い集めているのは慧だ。

「おとといのロゼから、おまえが帰ってきたの昨日やろ? いや…、ポケットの中も見たけど、財布と鍵とタバコしか入ってへんかったで」

慧は自分の行動を思い出すように、上目遣いで天井を睨みながら答えた。

「ポケットん中まで調べてんのかよ。てめぇ、嫉妬深い女房バシタか」

橘は舌打ちをして悪態を吐いたが、今は慧のそんな習慣に助けられていることを思い出した。

「裕貴、今ここに財布と鍵は持ってるか?」

笈川に言われて、橘はパンツのポケットから財布と鍵の束を引っ張り出した。笈川が財布を手に取って中を調べる。

ソファテーブルの上に放り出された鍵束を、慧がじっと見つめて言った。

「あれ? おまえこんなキーホルダー持ってたか?」

慧は、黒い小さな長方形の金属製の飾りがついたキーホルダーを、指先で鍵の中から引き摺り出した。

「これUSBじゃん」

後ろから覗き込んでいた葵が呟いた。

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第一章『悪魔の恋』9

Tattoo Maniac



背中が弱いのは昔からだ。初めて抱かれるまで、知らなかった。

不意に後ろから中島の含み笑いの声がした。

「そんなに慌てなくても、すぐに抱いてやるよ」

そう言って、中島は腰が浮きかけた橘の足の間を撫でた。知らぬ間に快感に腰を浮かしていたようだ。

「ああ…っ」

「こうやって男を誘う方法を、誰から教わったんだ?」

中島は腰の辺りに舌を這わせながら、からかうように言った。

橘は背後を睨みつけた。

「あんたは男の抱き方を誰かに教わったのかよ?」

中島が吹き出した。

「つまんねぇペラ*10はここまでだな」

腰に手が差し込まれ、下半身を持ちあげられた。膝を立て、腰を高く突き出すような姿勢を取らされる。

中島の指先が橘の後ろを探り、そこに熱い男が押し充てられた。

体の奥を押し開かれる快感に体が震える。

「ああ…ん…っ」

まだ敏感な部分に男が到達しない、この体が裂かれる感覚が橘は好きだった。

理性を押し流す快楽の前の、一瞬の苦痛の儀式――

それですべての罪が消えるなどとは思ってはいないが、なんとなく帳尻が合ってくる気がする――自分が犯した罪と流した血の分だけ切り裂かれる体――

それでもすぐに、体は悦楽の渦に叩き込まれる。男が内壁を擦りあげるたびに、そこからうねりのような快感が全身を駆け巡る。

これじゃあジギリ*11にもならねぇな――

自分のツケが溜まっていく一方だ、と橘は快楽に麻痺しかけた頭の隅で思った。

「あ…あ…、いい…っ、そこ…っ」

貪欲な自身の体はもう抑えも効かず、自ら男に腰を突き出して犯されることを望んでいる。

相手が誰であろうと同じだ。

抱かれている時はもうそいつが誰かなんて、ほとんど忘れかけている。

自分に肉の楔を打ち込む誰か――

自分を快楽の海に突き落としてくれる誰か――

それでも慧のように、橘の体を掻き抱きながら魂までぶつけてくるような男もいる。

あいつに抱かれている時だけは、体中を喰い荒らされているような気さえする――

体だけでなくその魂まで――

腰を掴まれ、体の奥に叩きつけるように中島の男に突きあげられながら、橘はホテルのベッドの上にその精を撒き散らした。

ライターが点けられる音が橘を一瞬の眠りから引き戻した。

橘の中に快楽を吐き出した中島が、ベッドのヘッドボードに凭れながら煙草をふかしていた。

橘は小さく息を吐いて、自分も身を起こした。

ベッドサイドに放り出してあった煙草を取って、火を点ける。

隣からふっと小さな笑い声が漏れる音がした。

その声に振り向くと、中島がにやりと笑った。

「あんたは恥じらいとかはねぇんだな」

「恥じらい?」

今度は橘が吹き出した。

「そんなもんあるかよ」

橘も同じようにヘッドボードに背中を預けた。

「あんたは男を抱くのにいちいち恥じらうんですか?」

そうは見えなかったぜ、と言ってやると中島が苦笑した。

中島は、「あんたは」と言った。

こいつ、一体、俺を誰と比べてやがるんだ――?

中島に抱かれて羞恥を見せる誰か――そういう奴がいなければ出るセリフじゃないだろう。

しかし、橘はそれを突いたりはしなかった。そんなのは野暮だ。今この時、ふたりで抱き合った時間に他の誰かの話をするなんてのは、粋じゃない。

今はふたり――それでいいのだ。

中島が体を起こして、灰皿で煙草を消した。

「不動明王か――」

こちらを向いた背中に厳つい表情の不動明王が仁王立ちをしていた。

艶気いろけないですねぇ」

そう言うと、中島は笑って弁天の乗った龍の尾が捲きついた橘の肩口に、くちづけを落とした。

「弁天様の艶気にゃ敵わねぇな――あんたにはぴったりだよ、橘さん」



*10…おしゃべり。
*11…プラスマイナスゼロ。とんとん収支。

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第一章『悪魔の恋』8

Tattoo Maniac

**********

「さすがに噂どおり、話の早い男だな、あんた」

ホテルの部屋に入ると、中島 誠は煙草に火を点けてにやりと笑った。

「噂? ろくな噂されてないんですね、俺も」

「そんなことないぜ、あんたが切れ者の極道だって話も聞いてる」

部屋のミニバーからウィスキーのボトルを出し、中島はそれをふたつのグラスに注いだ。

「――いろいろ恨みも買ってそうだな」

ひとつを橘に渡しながら、中島は言った。

「なんの謎かけですか、そりゃ」

「あそこに一緒にいたぼうや――ありゃ、舎弟じゃなくてあんたの情人イロだろ?」

慧のことだ――と、橘はすぐにぴんと来た。

ロゼで会った時、柴田は新城組の若頭だと自己紹介していたし、葛西はどこから見てもゴロツキにしか見えない。そして、慧は堅気丸出しの男だ。橘じゃなくてもすぐ見当がつく。

「てめぇの情人の目の前で、他の男とシケ込むなんざ、あんた、いい死に方はしそうにねぇな」

中島は喉の奥で笑った。

「そのイロの前で堂々とおれを口説いてきたのは、あんただろ?」

ロゼの奥まったソファ席に合流した中島は、会話の最中に何度も橘に意味深な目配せを送ってきた。挙げ句の果てにテーブルの下で中島は、橘の腿に指先を這わせてきたのだ。どんな莫迦にだって誘われていると分かる。橘はその手を跳ね除けなかった。だから中島にも、橘がそれを受けた、 、 、のが知れた。

あの場でそれに気づいていなかったのは、慧くらいだろう。テーブルの下は新城の兄貴にも、柴田の叔父貴にも見えていなかっただろうが、あのふたりもそれと気づいていた。勘のいい葛西は言わずもがなだ。

しかし、橘はそんなことに抱くような羞恥心は持ち合わせてはいない。心はすでにこの男はどんな風に俺を抱くのだろう、という猥雑な思いに飛んでいた。

橘は一息にグラスを空けると、お先にと告げてバスルームへと向かった。シャワーを浴び終える頃には、体が火照っていた。ロゼで飲んだアルコールに先ほどのウィスキーが後押ししている。酒は好きだが本当はそんなに強くない。なんだったら慧の方が、アルコールにはよっぽど強い。見た目に反して、あいつはザル、 、だ。いくら飲んでも、けろっとしてやがる――

橘は腰にタオルを捲いただけの姿で室内に戻った。裸の橘を見て、にやりと笑った中島が入れ替わりにバスルームに消えた。

二本目の煙草に火を点けたところで、背後のバスルームのドアが開く音が聞こえた。振り向きもせず、ベッドの縁に腰掛けて煙を吐いていた橘の剥き出しの肩にくちづけが落とされた。

「――堪んねぇな、あんた」

すぐ隣に腰を下ろした中島が肩に腕を回して、囁くように言った。

「ヤクザの顔を見せてる時と大違いじゃねぇか――いろっぽくてぞくぞくするよ」

中島の言葉に、橘はふんと鼻先で笑った。

「――煙草、いいのかよ?」

「もう待てねぇな」

中島はそう言うと、橘の体をベッドに押しつけるようにしてのしかかってきた。

首筋を吸うのと同時に自身を握りこまれて、橘は身を震わせた。

「…はぁ…っ」

自分も手探りで中島の男を探り当てる。それはすでに充分な硬さをもって、体の中央で己れを誇示していた。

恋人同士ではないから、体の細部をまさぐるような印ばかりの前戯など必要ない。中島はすぐに橘のそれを口に含んだ。

「あ…っ」

ざらついた舌が敏感な皮膚を舐めあげる。喉の奥の方まで飲まれたそれを咥内で締めつけられて、手足の先まで痺れるような快感が走った。

こいつ、慣れてやがるな――

男を抱いたことがある――なんてもんじゃない――中島は男を抱くのに慣れている、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、

こいつこそ、男の情人がいやがるんじゃねぇのか――?

自身を口で愛撫され、後ろの奥まった箇所を指先で撫でられる快感に呻きながら、ちらりとそんなことを思った。

「うつ伏せになれよ」

橘から口を離した中島はそう言った。

「綺麗な刺青スミれてるじゃねぇか」

「こんなもん珍しくないでしょ。あんただってはいってるじゃないですか」

素直にうつ伏せになりながら、橘は笑った。

橘の背中には、一面に龍に乗った弁財天が描かれている。まだ二十歳を少し超えたばかりの頃、三崎の彫豊ほりとよという彫師に施された騎龍弁天きりゅうべんてんの図柄だ。

当時、彫豊は二代目に代替わりしたばかりだった。まだ若い青年で、ひとめ見た時、こいつこそ彫師が絵に起こした図柄から抜け出てきたんじゃないか、と思ったほど美しい男だった。絹糸のような長い黒髪を背中に垂らし、筆で刷いたような形のいい眉の下に、長い睫毛に縁取られた黒目がちな瞳が涙で潤んだように輝いていた。化粧をしているわけでもないのに嫌に紅い唇をしていたっけ。

最初は自分よりも歳下かと思っていた。二代目彫豊も、どうやら橘を年齢よりも幼く推測していたようで、あとで互いの年齢を知って驚いた。彫豊は橘よりもふたつ上だった。あの頃の彫豊は、触れたらその場で砕け散ってしまいそうなほど、儚げに見えたから、自分よりも歳上だなどと思わなかったのだ。

当時の橘には、継ぐ名前があるほどの彫師にこんな大図柄を刺れてもらうような金はなかった。それでも半ば、脅すようにして出世払いを認めさせ、背負った彫物だった。

「――見事だな」

中島は橘の背を撫でて、溜息を吐いた。

「あ…っ」

触れられた背中からさざなみのように快感が湧き出して、橘は呻いた。

「なんだ…、あんた背中が弱いのか?」

中島がおもしろがるような声を出した。

弁天の姿絵を中島の舌がそっとなぞる。

「んん…っ」

耐えきれなくて、橘は枕にしがみついた。

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第一章『悪魔の恋』7

Tattoo Maniac



「おまえらには本当に迷惑、かけちまったな」

グラスを片手に新城が、悪びれなく笑った。新城は若頭の柴田を伴っていた。後ろの席にはもうふたり、新城組の若い衆が静かに座って酒を飲んでいる。

新城組若頭の柴田の顔には、慧も見覚えがあった。きっとツキヨリの賭場にも、新城に同行していたに違いない。それでもこうして面と向かうのは初めてだったので、改めて挨拶をした。柴田は無口な男で、慧の挨拶にも柴田だ、よろしく頼む、と言ったきりだった。

慧の全快祝いとはいえ、慧と新城には共通の話題などほとんどない。それにこれは慧のためというより、盃を交わした弟分の橘をその愛人も含め、捲き込んでしまったことへの新城なりの詫びの印なのだろう。ほどなく話題は慧の知らない音羽会の話に移ってしまった。慧もいっそその方が気楽で、柴田を見習っておとなしく酒を楽しんでいた。

その時、その男が通りかかったのだ。

「――失礼ですが、新城さんじゃありませんか?」

その声に新城が顔をあげた。男は慧たちの囲んだテーブルの前で、頭を下げた。

「おじゃましてすみません。覚えていらっしゃらないかもしれませんが、自分は三崎みさき…逗子の方でおとこを売らせて頂いている中島です。以前、上大岡かみおおおかでお世話になりました」

「中島か、久しぶりだな。いや覚えてるぜ」

新城は笑みを浮かべた。

これはあとで葛西に聞いたのだが、「上大岡で」というのは、上大岡にある横浜刑務所のことを指しているのだそうだ。だから「上大岡で世話になった」というのは「横浜刑務所で世話になった」という意味だ。つまり新城とこの中島という男は、同時期に同じ刑務所にいた縁で知り合った、ということのようだった。

同門でも音羽会ほどの大所帯になると、なかなか顔を合わせない兄弟たちもいると、これも葛西が教えてくれた。

「なにしてんだ、こんなところで。まぁ座れよ」

しばらく遠慮していたが、結局、中島は新城たちのテーブルに混じった。

「あらためまして、柳沢組の中島 誠です」

中島は橘や葛西、そして慧にまで丁寧に挨拶をした。

歳は葛西や新城と同じくらいだろうか。色の黒い精悍な顔つきをした男だった。

「こちら橘組の親分さんでいらっしゃいますよね。お噂は三崎にも届いております」

中島は橘に笑顔を向けた。

柳沢組は、新城や橘と同門の音羽会傘下の組織だった。逗子周辺を本拠地としているが、組事務所は三崎にあり、組長の柳沢 進二は「逗子の親分」と親しまれているが、組員たちは自分たちを指して「三崎の者です」というのが通例だった。

しばらく新城と中島は、刑務所での生活を慧に面白く聞かせてくれた。刑務所になど縁のない慧には興味深い話も聞けた。(ヤクザはヤクザでまとめて刑務所に入れられるだなんて、知らなかった。ヤクザと他業種の人間を一緒にすると、食事時におかずを巻き上げたり、パシリに使ったりと揉め事の元だからだそうだ)

さて、そこからが問題だった。

中島は小一時間もしないうちに辞した。その時、ちらりと橘と目を合わせたような気もする。

そして慧たちもお開きにしてロゼを出ようかとなり、店の前で新城が立ち去るのを最後まできっちりと見送った後、橘が言った。

「おまえら先に帰ってていいぞ」

「はい」

葛西は、まるで予期していたかのように素直に返事をした。慧だけがぽかんとしていた。

橘はじゃあな、と言うと、くるりと踵を返して歩き出した。そこへ、通りの影から男がやって来て、自然な仕草で橘と並んで歩き出した。ばったり出会ったという感じではなかった。橘もその男も、最初からそこで会うことが分かっていたかのようだった。

ふと横を向いたその横顔で、それが先ほどの中島 誠だと、慧も気づいた。

「――まったく橘さんも手が早ぇよなぁ。いや、ありゃあ中島のダンナが手が早いのかね?」

ふたりの後ろ姿を呆然と見送る慧をよそに、葛西はへらへらとそんなことを言った。

葛西もちっとも驚いていない。ということは、中島も交えての歓談中に、葛西も、ふたりの間で密かに交わされたやりとりに気づいていたんだろう。あの話のどこでどう、ふたりがその気になって、一体、どうやってその後、互いが落ち合うつもりと合意したのか、慧にはさっぱり分からない。

慧は小さく息を吐いた。溜息――というほどのものではない――もう――

橘といれば、こんなことは日常茶飯事だ。気が向けば誰とでも寝てしまう男なのだから。しかし、葛西の言うとおり、橘はともかく中島という男もなかなかの早業ではないか、と慧は妙なところに感心してしまった。

「牛丸さんに連絡しましょうか」

牛丸も古参幹部のひとりだが、組長橘に心酔するあまり橘の乗る車のハンドルを誰にも渡さず、今では専属の運転手のような仕事をしている。

橘同様、十代にこの世界の門を叩いた牛丸はまだ三十代半ばらしいが渡世は長い。おまけにその長い渡世の勲章か、顔中に縦横無尽に傷が走っている強面だ。

今日も来る時は牛丸の運転で来た。帰りも橘からの連絡を待っている筈だが、どうせ橘はすぐには帰らないだろうし、だったら牛丸にも現状を報告して、ついでに送ってもらってしまおうと慧は考えた。橘のマンションはここからそんなに遠くない。

慧が携帯電話を取り出して牛丸に連絡を入れ始めると、横で葛西がちょっと驚いたように言った。

「おまえも随分と鍛えられたもんだな」

そう、鍛えられた。橘の浮気癖にいちいち傷ついていたら、身が保たないのである。

快気祝いの後、橘と中島 誠がネオンの海に消えた、と聞いた笈川は自身の親分に冷たい視線を向けた。

「おまえは顔を合わせる男を全員、咥えこまないと気が済まないのか?」

当の橘はいつものようにしらばっくれて、外方を向いている。ふたりが示し合わせて消えた、と暴露したのは慧ではない。一緒にその場に居合わせた葛西だった。

橘は葛西の顔を睨みつけていたが、本人は仕方がないだろうと言わんばかりににやにやしている。

「ということは、おまえは矢部のオヤジさんが身元をバラす前から、あの刺青スミを見て、あいつが誰か気づいてたってことか」

「まぁな」

笈川の問いに橘は悪びれなく頷いた。

そうか――あの時、慧たちには中島 誠が背負っている刺青の図柄までは分からなかった。橘がそれを知っていたのは、中島 誠の裸を見たからだ――

そこまで考えて、慧は頰が火照るのを感じた。そこまで具体的に想像しなくても良かった、と後悔する。

「で? その柳沢組の男が横浜で殺されたことに、おまえは心当たりがあるのか?」

「そんなもんねぇけどな…」

そう言いながら、橘は新しい煙草に火を点けた。

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第一章『悪魔の恋』6

Tattoo Maniac



新城 彰は橘組同様、横浜を縄張りシマとする新城組の組長だが、同時に橘の愛人のひとりでもある。

親分の姐さんにも敬意を払うという渡世では、組内の上下関係をひっくり返しかねないからと、自分の舎弟には手を出さないが、高目の兄貴分なら問題ないだろうというのが、橘 裕貴という男である。

それだけでも慧にとっては複雑なのに、かつて橘は、自分と新城 彰の逢瀬を襖ひとつ隔てただけのところで、邪魔者が来ないように慧に見張らせたことがあった。慧はその恨みを忘れていない。

自分でも執念深いと思うし、実際にそれを命令したのは橘だから、若干、逆恨みの気があるとはいえ、その新城からの快気祝いに慧は気が進まなかった。

それでも橘にとっては高目の哥兄だし、断ってしまうのはあまりにも失礼だと思った慧は、笈川にも一緒に来て欲しいと頼んだ。ところがその日、笈川は先約があって、どうしても行かれないという。新城と橘と自分の三人だけなんて絶対に嫌だ、と慧が途方に暮れていると、俺が行ってやるからと笈川の代わりに葛西が来てくれた。

だから慧と橘が知っていて、笈川だけが知らないあの死体の男と面識ができたのは、自分が欠席した快気祝いの席だと推測したのだろう。

快気祝いは、橘組の仕切り内にあるロゼというバーで行われた。新城の縄張り内でなく、わざわざ橘組内に構える店でやるというのは、橘の縄張りの店に稼がせてやろう、ということだ。どうせ支払いは新城だから、橘の顔を立ててくれたのだろう。

しかし、この場所の選択も慧をますます憂鬱にさせた。ロゼの看板バーテンダーの拓巳もまた、橘の愛人のひとりだからだ。慧と拓巳は、互いの存在も認識している。それどころか、慧はそれを憎まれて拓巳に拉致されてしまったこともある*9。

なんの因果で橘を共有する男が勤める店で、橘を共有する男と飲まなければいけないのか…。

慧はもうどうとでもしてくれ、という気分だった。

今、考えたら笈川が来れなくて本当に良かった。

笈川は橘組の若頭で、組長 橘 裕貴の右腕である。十代の子どもの頃からのつきあいだというふたりは、肩書きの上では橘が組長であるが、実質、ふたり合わせて橘組の二枚看板と言っていい。しかし、もはや言うまでもないが、笈川もまた橘 裕貴と体の関係があるのだ。

笈川を愛人、と呼ぶのに慧は少し抵抗を感じている。他の愛人たちと笈川は違う、と慧は知っていた。思っているのではない、知っているのだ。

気が多くて節操のない橘と関係している人間は、男女問わず多い。慧が知らない人間もいるだろう。その場限りの相手も入れたら、きっと橘本人も覚えきれていないんじゃないか、と思う。

そして橘は、愛人たちが浮気をしようが、他に恋人やパトロンがいようが一切、気にしない。愛人たちの感情には興味がないからだ。橘は愛人に愛も貞節も求めない。

多分、ある日突然、愛人の誰かが関係を解消したいと言っても、橘はそれをあっさりと受け入れるだろう。もちろん、自分勝手で気分屋な男だから、相手から、 、 、 、別離れを切り出されたことには腹を立てるかもしれない。でも――それは別離れが嫌なこととは違う。そんなこと、橘にはどうでもいいのだ。代わりはどうせたくさんいる。

でも、笈川 一臣だけは違う。橘は笈川とはけっして離れられない。笈川はただの愛人ではない。ふたりの絆は誰にも引き裂くことはできないし、間に入ることもできない。それは慧にも――

半年を超える橘とのつきあいで、慧にはそれが身に沁みて良く分かっている。

最初はそれがつらかった。嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。でも、どこかの時点で慧はそれを受け入れてしまった。

橘 裕貴には笈川 一臣が必要なのだと――

ふたりはけっして離れることのできない連理の枝だと――

それがすとんと腹に落ちてしまった。

笈川は橘になにひとつ求めない。愛し返して欲しいとさえ、思っていない。自分はその命さえも橘に捧げているというのに。

それを笈川は、極道の親と子というものはそういうものだ、と表現していたけれど、それだけじゃないことを慧は知っている。

笈川は慧にはっきりと言ったから――愛していなけりゃ、男なんて抱けるか――

慧もそう思う。

そして何度も生死を共にして、慧は笈川には敵わない、と思ってしまった。

ふたりを引き裂くことは誰にもできないんだ、と気づいてしまった。

だから、もういいのだ。

慧は橘を愛している。

それはもう分かっている。

橘が、慧の妹、結佳をその恋人の借金返済のカタに身を売らせるような世界に突き落としたと分かっていても、この気持ちを止めることはできなかったのだから。

だから、もういいのだ。

橘にとって特別なのは自分じゃなくて笈川であってもいい。

こうして傍にいることを許して貰えているのだから。

それでも、こんな橘の愛人大集合みたいな状況は、また別の話だ。その存在を容認することと、顔を突き合わせて酒を酌み交わすことは、まったく意味が違う。

愛人の店で、愛人の奢りで、別の愛人と快気祝いだなんて…、常識というものがなさすぎる。

だからこの日、笈川の都合がつかず、代わりに葛西が同行してくれて、本当に良かったと、ロゼの座り心地のいいソファの上で慧はこっそり溜息を漏らしたのだ。



*9…同ブログ内『Dirty Situation』参照。

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第一章『悪魔の恋』5

Tattoo Maniac

*********

ふたりの刑事が帰ったあとも橘の大爆笑はおさまらなかった。

ソファの上で腹を抱えて笑っている。

「…なにがそんなにおかしいねん」

慧は大阪の出身だった。十年近い東京暮らしで標準語に慣れていた筈なのに、橘のもとに来てからはすっかりもとに戻ってしまった。

慧は、和泉警部補から貰った名刺を手の中でいじりながら、橘を恨めしそうに見た。

なぜだか笈川まで珍しく大きな手で口元を覆いながら、笑いを隠している。

「もうっ、なんなんですかっ」

我慢が切れた慧が喚くと、笈川がようやくこっちを向いた。

「慧…、悪いが男を引っ掛ける時はオデコはやめてくれないか?」

「え?」

笈川の言葉に橘はさらに笑い転げた。

「あんなに考えてることがガラス*8な男も珍しいですね」

もともと笑い上戸で、矢部たちの来訪中から我慢しきれずに事務所の角に逃げていた葛西かさい 哲也てつやが、目の縁の涙を指で拭いながら言った。

「ありゃあ相当な純情ウブだな」

ようやく笑いの発作が治まった橘が、煙草を片手ににやにやしながら言った。

慧はソファで名刺を手に固まっている。

つまり、和泉 翔太警部補は慧にひとめ惚れをした、というのが事務所にいた橘組一同の見解だった。いつものように慧だけがそれに気づいていなかったのだ。

「しかし、よりによって極道の情人イロに惚れますかね?」

そう言って、葛西は再び笑い出した。

慧はいっそ笑い死んでしまえ、と言わんばかりに葛西を睨みつけた。

「王子様願望かねぇ。ヤクザな男に囚われの姫君を助けてぇのかな」

葛西は調子に乗ってそう言った。

囚われの姫君、 、 …。

慧のことだ。

「なにを言ってるんですかっ。俺は男ですよっ」

葛西 哲也は上から下までヤクザにしか見えない男だが、その見た目に反して国立大出のインテリヤクザだった。いつもは橘組のフロント会社でもあるサラスヴァティに常駐しているのだが、今日は用事があってたまたま事務所に滞在していた。

慧は組長の愛人ではあるが、勤めていた会社を辞めて横浜に移ってきた当初、ただの愛人の座に甘んじているのが嫌で、なにか自分にできることをしたいと思っていた。とはいえ、ろくに喧嘩もしたことのない慧に、ヤクザ組織でできることなど限られている。結局、乏しい堅気の経験を生かして、事務所内の書類整理や経理といった仕事を細々と手伝うことになった。昨今は、極道もこうした雑用から逃れられるものではないらしい。

葛西はその頭脳を買われてか、笈川の下で事業部門ともいうべき仕事を任されている。自然と慧も、葛西や笈川の下で働くことが多く、葛西は直属の上司のような存在だった。

だから日頃、世話にはなっている。世話にはなっているけれど、お姫様呼ばわりはない。

たしかに慧は体が大きい割に喧嘩も苦手だし(大きいと言っても身長だけで、痩せ型の慧が強そうには見えないことは認めるが)、渡世のイロハも知らないから身を守ることもできない。組長の愛人という立場上、よからぬことを考えたゴロツキや、野心の旺盛なチンピラにその存在を利用されたりしないようにと、いつも組員の誰かがついて歩いてはいる。最初は落ち着かなかった慧だったが、何度も危険な目に遭った今では、それも納得はしている。

でも、姫君はない。ひどい。慧の男としてのプライドはボロボロだ。

「しかし、あの野郎、慧に目をつけるなんて見る目あるじゃねぇかよ」

「橘さん、それノロケですよ」

にやにやと笑った橘に、葵がすかさず突っ込んだ。橘も笑っている。

橘組は、組長の橘のさばけた性格のせいか、舎弟も組長に気安い。金と面子がかかれば、どんな非道で冷酷な行動も辞さない橘だが、若い衆の軽口や冗談には寛容なのだ。いちいち礼儀だのが面倒なだけかもしれないが。

「この際、オデコの趣味はどうでもいい、裕貴」

笈川が真面目な顔に戻って言った。

「さっきの首なしの不動明王の男、おまえ、知ってるんだな?」

笈川の言葉に、慧も身が引き締まった。

不動明王の男――あの首なし死体の背中の、怒りの形相の銅像は不動明王だったのか。

あの時、矢部の問いにしらばっくれていたが、橘はあの男を知っている。

慧も知っているのだから。

だから矢部刑事があの男の名前を告げた時、思わず声をあげてしまったのだ。すかさず笈川に蹴っ飛ばされて、警察関係者に余計なことを言ってはいけないんだと気づいたから、それを誤魔化すためにコーヒーなど煎れるはめになってしまった。

「慧も知ってる、となると…おとといの新城さんの快気祝いの時か」

さすがに笈川は勘が良かった。

一昨日の夜、同門組織の高目の組長、新城しんじょう あきらから連絡が入った。慧がめでたく退院したと聞いて、快気祝いにごちそうしてやる、というのだ。

慧が撃たれた殺し屋の依頼者は、新城 彰の繋がりで仕事を持ってきた上場企業の幹部社員だった。自分が持ち込んだ男が原因で弟分の愛人が撃たれてしまったことに、新城は責任を感じてくれていたのだが、慧には正直、いい迷惑だった。



*8…素通し。みえみえ。

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第一章『悪魔の恋』4

Tattoo Maniac



「あの…」

人数分のコーヒーを煎れて、慧はおそるおそる矢部と和泉の前にカップを置いた。ヤクザの事務所を訪れた警察関係者に、コーヒーなんて出していいものかどうか分からないが、行きがかり上、仕方がない。橘は慧をちらりと見たがなにも言わなかった。

矢部は小さい声で、すまねぇな、と言ったが、和泉は生真面目にありがとうございます、とはきはきと礼を言った。慧がヤクザ者ではないと分かったからなのだろうか。それにしても、そんな大きな声を出さなくていい。

「あ、はい」

びっくりしてしまった。和泉はまだ顔を紅くしたままだ。橘のつまらない冗談のせいだ。

矢部は砂糖もミルクも入れて、スプーンでコーヒーを掻き回してから一口飲んだ。

「…まさかおまえの事務所でコーヒーをごちそうになるとはな」

矢部の口調は半ば、飽きれぎみだ。やっぱりコーヒーなんて出さない方が良かった。でも、あの場は仕方がなかったのだ。

「なんでですか? 美味しいですっ」

ブラックのままコーヒーを啜っていた和泉が、またはきはきとした声でそう言った。真面目な顔でコーヒーを煎れた慧を見ている。

「あ、はい。ありがとうございます」

つられて慧も生真面目に挨拶をしてしまった。

このとんちんかんなやりとりに、矢部は口をぽかんと口を開けて歳下の上司を見ており、橘は笑いが堪えきれず、横を向いて肩を揺らしている。

やっぱりコーヒーなんて煎れんかったら良かった、と慧は下を向いた。

「――オヤジさん、こいつ、どこで見つかったんだ?」


興味のない態度を取っていた橘が、不意に尋ねた。

矢部は橘の思惑を推し量ろうとするようにしばらくその顔を見つめてから、横浜駅近くのホテルの名前を告げた。

「死んだ時間も分かってんだろ?」

「死亡推定時刻は昨夜の午後十時から午前三時の間だな」

矢部がすんなりと橘に情報を出したことに、和泉は驚いたような表情を見せたが、声を荒げて咎めたりはしなかった。

矢部の返答に、橘は少し意外そうな顔をした。

「随分、幅があるな。今はもう少し、細かく分かるんじゃねぇのか?」

「胃の内容物の消化具合は分かっても、ホトケさんが殺される前の足取りが分かんねぇんだよ。最後に食事をした時間が分かれば、もう少し絞り込めるんだがな」

そう言って矢部は、おまえが知ってるんじゃないのかと言わんばかりに、橘の顔を覗きこんだ。しかし橘の方は一切、その感情を表には出していなかった。

「首は見つかったのか?」

「まだだ」

橘は矢部の返答を聞いて、ふんと鼻を鳴らした。

ふたりの刑事はコーヒーを飲み終えてから、席を立った。

立ち上がると、和泉は思っていたよりずっと長身だった。一八十センチメートルを超える笈川と同じくらいか、もしかしたらもっと大きいかもしれない。体は細身だったが、肩周りは警察官らしく鍛えたような厚みがある。

「なにか思い出したら連絡しろよ」

矢部はそう言って、ずり落ちそうなよれよれのズボンを引っ張り上げた。

「矢部さん、連絡先は…」

和泉が訝しげに訊くと、再び橘が吹き出して、矢部はうんざりした表情を見せた。

「おっさん…っ、警部補殿の教育、しっかりしとけよ…っ」

なにがおかしいのだかさっぱり分からないのだろう、和泉はきょとんとした顔を見せている。しかし慧にも、なぜ橘がそんなに笑っているのか分からなかった。笈川も横を向いて、笑いを噛み殺しているようだ。

ひとしきり笑ってから橘が言った。

「警部補殿、矢部のおっさんと俺は昔馴染みなんだぜ? お互いの連絡先くらい知ってるよ」

それを聞いて、和泉は口を大きく開けて驚きを露わにした。

「そ…っ、そんなこと…っ、警察官とヤクザがお互いの連絡先を知ってるなんて…っ。えっ!? ダメでしょ、それは…っ。いいんですかっ、矢部さんっ」

矢部はもう片手を額に当てて、ぐったりしてしまった。

「和泉さん、俺たち二課はしょうがないんですよ…」

年齢は下だが階級が上の和泉に、矢部は丁寧に言った。

「あんたも名刺、渡しときます?」

「いえ…」

しかし和泉は気が変わったのか、ポケットから皮の名刺入れを取り出し、

「和泉 翔太と申します。なにか困ったことがありましたら、すぐに連絡してくださいっ」

と、なぜか慧に向かって名刺を差し出した。

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第一章『悪魔の恋』3

Tattoo Maniac



矢部の言うとおりだった。遠目で良く見えなかったが、写真はよく見ると、まるで加工写真のように頸から上が無かった。丁度、断面に当たる部分がふやふやと僅かに波打って見える。

その場の視線が、思わず声をあげてしまった自分に集まったのに気づいて、慧は慌てて口を閉じた。

和泉警部補が驚いたような顔でこちらを見ている。それはそうだろう。

矢部は一度、慧に会っているし、慧が堅気だということも知っている。けれど和泉警部補は慧とは初対面だ。ヤクザの組事務所にヤクザ以外の人間がいるなどと想像している筈がない。それなのに、死体の写真を見て、ついヤクザらしからぬ声をあげた慧の存在を訝しく思っているのに違いない。

小声ですみません、と言って慧はできるだけ体を小さくした。とはいえ、一八十センチメートル近い体がそうそう小さくなる筈もないが。

「そうみてぇだな」

橘は見りゃ分かる、と言わんばかりの声を出した。橘は、その写真の胴体に首がついていないことに気づいていたのだ。気づいていて、顔色ひとつ変えずにいたことに慧は驚いたが、考えて見れば橘は十代からの年季の入ったヤクザ者で、死体など見慣れている。今さら、写真になんか驚く筈もない。

「――だから一課が来たんだろ?」

橘は軽くあげた顎の先で、矢部の隣に座った和泉を指した。暴力団担当の矢部が、殺人、傷害、暴行などの強行事犯と呼ばれる事件を扱う刑事第一課の和泉を伴って現れた理由が、慧にも分かった。

「そんだけ若くて警部補ってことはキャリアか。インテリぼっちゃんのケツ持ちじゃあ、ダンナも大変だな」

橘はそう言うと、にやにやと笑った。

「なんだと?」

和泉がますます顔を紅くした。歯ぎしりの音まで聞こえてきそうだ。

それを見て橘は、今度は声をあげて笑った。

「やめとけよ。ヤクザの事務所でイキったってしょうがねぇだろ?」

「貴様…っ」

再び腰を浮かした和泉を、やめとけ、と矢部が再び制した。

橘はテーブルの上に放り出してあった煙草を取り上げ、それを咥えてから火を点けた。

「こんな立派な刺青もんもん入りじゃあ、この死体オロク、前*6があったんじゃねぇのか?」

それに応えて、矢部が頷いた。

「…中島 誠、逗子ずしの柳沢組の構成員だ」

「――あっ」

死体の身元を聞いて、慧は再び声をあげてしまった。その瞬間、後ろから若頭の笈川の蹴りが入る。

「あ〜、あ…、あの…、僕、お茶を煎れてきますね」

慧は誤魔化すようにへらっと笑って、その場を離れた。

「あのカタギのぼうやはまだいるんだな」

部屋の隅でコーヒーの支度を始めた慧は、背中で矢部の声を聞いた。

得物の具合、 、 、 、 、がいいからな」

橘がしらっとそう言い放ったのが聞こえて、慧はコーヒーカップを落としそうになった。

あいつはなんちゅうこと言うとんねん!

そして誰かが咳き込む音がした。

「なんだぁ? 一課の割にゃ、純情ウブすぎんじゃねぇのか?」

橘のあけすけな物言いに咳き込んだのは、和泉警部補のようだった。矢部は明後日の方を見て、知らん顔をしている。

「おっさんに注意事項を聞いてねぇのか? 俺は男も女も見境のねぇ取扱注意の危険人物だぜ?」

自分で言っていれば世話はない。聞き耳を立てていた慧は飽きれ気味に息を吐いた。

橘がにやにやしながら和泉の顔を覗き込んでいる。和泉は真っ紅な顔で下を向いてしまった。

「安心しろや、オデコ*7に手ぇ出すほど不自由しちゃいねぇ」

橘が相手の性別を問わず食指を伸ばすことは、警察関係者内でも有名な話だ。橘組に事情聴取に来るのならば、当然、事前にその情報は和泉警部補にも知らされていた筈である。

橘は紅くなっている和泉をにやにやと横目で見ながら、話を戻した。

「身元が分かってる男のことをわざわざ俺に訊きに来たのか?」

「逗子のヤクザがなんだって横浜で殺されてんのか、不思議じゃねぇかよ」

矢部が鋭い声を出した。

「俺が知るかよ」

橘が肩を竦める。

「逗子の柳沢組は橘組おまえらの同門だろうが。こっちに挨拶に来るってこともあんだろ?」

矢部は食い下がったが、橘はもう興味を失くしたように外方を向いていた。




*6…前科、前歴。
*7…警察官。

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第一章『悪魔の恋』2

Tattoo Maniac



ソファに座っていた橘も、何事かというようにそちらに目をやった。

「…だからおまえらの親分を逮捕しパクりに来たんじゃねぇって言ってんだろうが」

野太いダミ声が響いてきて、ドアの向こうから慧も顔を知っている男が姿を現した。

「なんだよ、矢部やべのダンナじゃねぇか」

やって来たのは、伊勢佐木いせざき警察署暴力団対策課の矢部刑事だった。慧は以前、この刑事に参考人扱いで警察署に連れて行かれてしまったことがあった*3。矢部は暴力団対策課の主のような刑事で、橘とは昔馴染みだと、慧はその時知った。

その矢部刑事の後ろに、もうひとり連れの男がいる。やけに若いから矢部の部下だろうか。

「橘、てめぇ、舎弟の教育がなってねぇぞ」

矢部はがなるようにそう言いながら、橘の向かい側のソファに体を投げ出すように座った。

初めて会った時もまったく同じことを思ったが、矢部はまったく警察官には見えない。むしろヤクザです、と言われた方が納得してしまいそうな強面だ。

橘にそう言ったら、大笑いしていた。橘曰く、マル暴*4なんてのは皆、ヤクザ以上にヤクザらしいのが普通なのだそうだ。そうでないと暴力団対策課なんてものは勤まらないのか、ヤクザとつきあううちにそうなってしまうのかは、慧には分からない。

ヤクザの組事務所へのマル暴の突然の登場に、橘組の組員たちは皆、気色ばんでいた。事務所内の空気がにわかに殺気立ったものに変わった。しかし、矢部も、組長である橘も涼しい顔をしている。若頭の笈川も平静だ。

「なんだよ、ご機嫌伺いか?」

橘は、いつものように唇の片端だけを器用にあげた皮肉な笑みを浮かべた。

「ばかやろう。ゴロツキのご機嫌伺うほどこっちはヒマじゃねぇ」

矢部はそう言うと、よれよれのスーツの内ポケットから写真を一枚取り出し、それをガラスのソファテーブルの上に投げた。

「――おまえ、この男、知らんか?」

橘はソファの背凭れに預けていた体を面倒そうに持ち上げ、写真をちらりと見た。ソファの後ろに立っていた慧も、それをこっそりと覗き込む。

写真には、怒りの形相でこちらを睨みつけている銅像の刺青が入った男の裸の背中が写っていた。

「――知らねぇな」

橘は興味なさげに、ふんと鼻を鳴らした。

「その態度はなんだっ! ちゃんと見ろっ」

怒鳴ったのは矢部に伴って来た男の方だった。ぱりっとしたスーツに身を包み、見れば矢部よりも随分と若い。慧と同じ歳くらいか、もしかしたら歳下かもしれない。

最初は矢部の隣におとなしく腰をおろしていたその若い男は、橘の気のない態度に腹を立てて写真を掴むと、鼻先で振り回した。

橘はうんざりした表情で顔を背ける。

「おっさん、こんなトコに素人ネスのガキなんて連れてくるんじゃねぇよ」

「なんだと…っ」

青年は、怒りで顔を真っ紅にして立ち上がった。周囲の若い衆の表情が途端に険しいものになる。

「――やめとけ、和泉いずみさん」

矢部も少々、困った様子で、いきり立つ青年のスーツの裾を引っ張って、無理矢理、座らせた。

「こっちは一課の和泉警部補だ」

矢部は隣の青年を指して言った。

「警部補?」

橘は片眉をあげて、その青年を見た。さも面白い冗談だ、と言わんばかりの表情だ。

「なんだよ、このニイちゃん、あんたの高目*5か?」

ということは、矢部の階級は警部補以下なんだな、と慧は推察した。矢部は、もう五十歳は超えていそうだ。刑事ドラマなんかで良く見る、いわゆる現場の叩き上げなのだろう。

矢部は橘の揶揄を受け流すと、和泉警部補の手から取り上げた写真を再びテーブルの上に置いた。

「よく見ろ、橘。この写真のホトケさんな、首がねぇんだ」

「えっ!?」

言われた橘よりも、後ろで覗き込んでいた慧が驚いて声をあげてしまった。



*3…同ブログ内『BROTHER』参照。
*4…暴力団対策を担当する警察内組織や刑事。
*5…目上。

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第一章『悪魔の恋』1

Tattoo Maniac


春海はるみ けい芹澤せりざわ医院から戻ってきたのは入院から二ヶ月も経ってのことだった。

関東音羽おとわ会傘下で横浜を縄張りシマとして組を構える橘組組長 たちばな 裕貴ゆうきを狙った殺し屋の銃弾を、慧はその盾となって受けた。殺し屋と、その相棒でもあり橘 裕貴の愛人でもあった男は、橘と橘組若頭 笈川おいかわ 一臣かずおみの手によって始末されたが、腹部に銃弾を受けた慧は重症で、結局二ヶ月の間、退院を許可されなかった。

もちろん撃たれた場所が悪かった、というのもある。だが入院から三週間後くらいには慧はベッドから起き上がり、歩き回ったりすることもできるようになっていたのだ。しかし、入院した先の病院長の芹澤医師は慧の退院を許可しようとはしなかった。

その理由はただひとつで、全快しないまま慧の住まいでもある橘のマンションに帰ったりしたら、とても安静にはできない、できる筈がない、とにかくケダモノの橘 裕貴のいる家には帰らせない、と芹澤が頑なに首を縦に振らなかったからだ。

橘 裕貴がケダモノである、ということに反論のある者はほとんどいないだろう。たしかに橘 裕貴はヤクザの組長であり、そういう意味で街のケダモノではある。しかし芹澤医師が危惧していた橘のケダモノっぷりはそういうことではない。

橘 裕貴は三十歳の若さで、関東を統べる広域指定暴力団、音羽会傘下の暴力団組長である。ヤクザとしては超一流とその評価は高い一方で、橘には噂好きのゴロツキの口の端にのぼる悪癖があった。橘 裕貴はその下半身の理性という名の操縦桿が壊れている、いや操縦桿自体がついてないんだろう、あれは暴発必至の危険物だというものである。

橘はとにかく節操がない。気が向けば後先を考えずに、すぐに誰でもベッドに引っ張り込む。そこに問題が絶えないため、若頭の笈川がそれ専用に本宅とは別に本牧にマンションまで用意しているほどだ。(本宅を知られていない方が被害が少なくて済む、という理屈らしい)

極道者など大抵は単純で女好きなものだから、色事の浮名が流れるのはまったくの不名誉とも言い難いが、橘組組長 橘 裕貴はひとつだけ変わった趣味を持っている。彼は、その相手、 、 、 、に男も女も問わないと公言して憚らないのだ。

複数の愛人を抱えている親分など珍しくもないが、橘の場合、男の愛人がいるという点が、存外、物見高い暗黒街の住人の注目を集めているのである。

そして春海 慧は、その愛人のひとりである。

二十八歳の慧は、少し前までは堅気のサラリーマンだった。それも暗黒街の大物と通じて暗躍するような切れ者などでは全然ない。ただ先輩社員に追い使われるうだつのあがらないサラリーマン――リストラ寸前というほどでもないが、かといって出世街道まっしぐらというタイプでもない平凡な会社員だったのだ。

その自分がまさか極道の、しかも男と恋に落ちて、その愛人として囲われることになるとは人生はなにが起こるか分からない。

芹澤医師が頑なに慧の退院を拒んだ理由がそこにあった。

下半身に節操がなく操縦機能のぶち壊れた男の元に、安静を必要とした愛人が戻るなど言語道断、と芹澤は言い張った。

つまり、まだまだ安静にしていなければならないのに、慧を自宅に戻せば橘に夜のお相手を強要されるに違いない、と芹澤は心配したのである。そしてその危惧はあながち的外れでもない。

芹澤医師は、患者の大部分がゴロツキという、ヤクザ御用達のようなモグリ医者である。当然、十代から暗黒街を生きる橘とのつきあいも長い。芹澤は橘 裕貴がどういう人間か良く知っているのだ。

そんなわけでようやく芹澤に退院を許可された慧が、橘組組事務所に顔を出せるようになったのは、関内かんないで殺し屋に狙撃されてから実に二ヶ月ぶりのことだった。

「やっと帰ってきたな〜、慧」

組員のあおいが嬉しそうに慧に近寄って来た。葵はやっと二十歳の最年少舎弟である。色が白くて目が大きく、葵はとてもヤクザには見えない。実は男であるかも疑わしい外見だ。ぱっと見は美少女にしか見えない、という綺麗な顔立ちをしている。ひとめで葵をヤクザと見抜く眼力の持ち主は、人を見るのが商売のゴロツキにもそうはいないだろう。

本人は自身の見目麗しい女顔を毛嫌いしており、しばしばそれをからかう命知らずと悶着を起こしている。この可愛らしい外見に惑わされた者たちはそれで大抵、痛い目を見ることになる。横浜の不良少年グループの元総長であったこの美少女顔の青年は、見かけによらず喧嘩が強いのだ。

「葵くん、何度もお見舞いに来てくれてありがとうな」

入院中は葵と、隻眼の幹部組員の村尾むらおの妻、弥生がほぼ日替わりで慧の世話に訪れてくれた。弥生は、音羽会のツキヨリ*1集会で、橘組が胴元でかけたほんのお遊びの賭場を通して知り合った慧のことを、とても可愛がってくれている極道の妻だ*2。弥生は親も元極道という筋金入りで、橘の愛人としてこの世界に飛び込んで一年足らずの慧なんかよりもよっぽど渡世の水に馴染んでいるが、普段はふたりの子どもの良き母親でもある。

そんなわけで入院中、しょっちゅう顔を合わせていた葵だが(橘なんて一度も見舞いに来なかった!)、それでも親しんだ事務所でようやく落ち着いたと話していたその時、唐突に事務所の入口が騒がしくなった。若い舎弟が喚いている声が聞こえる。



*1…同じ一家や組で行う月に一度の顔合わせの会。
*2…同ブログ内『BROTHER』参照。

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