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Killer Street

第五章『死ぬまできみを愛してる』10

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――自分の命なら、と思う。

自分が死ぬことで、橘が救われるのならば、きっと自分は躊躇などしないだろう。

だから、笈川が提案した囮にも、率先してなろうと思った。

自身の身にどれだけ危険が及ぼうと、それが橘を守ることになるのならば、構いやしない。

けれど、橘の命の盾に、妹を差し出せと言われたら――慧はそれを受け入れることなど、とてもできそうになかった。

どちらの方が大事、という問題ではないのだ。

それは、きっと誰でもそうだろう――

家族と愛する人を、その愛の比重で比べるのは莫迦げている。

それはそうだと思うのだが――

それでも――と、慧は唇を噛んだ。

比べるのすら莫迦らしいと分かっていながらも、その差が、自分と笈川との差なのか、とも思う。

なんの根拠もないが、笈川は、橘のためなら、自分の家族の命も厭わないのではないか、という気がした。

笈川には、橘に比べるものなど存在しない――

慧はゆっくりと目を開いた。

青白く光った主人のいない広いリビングが、再び視界に映る。

慧は、リビングの中央に置かれた黒い革張りのソファに、ゆっくりと腰を下ろした。

目の前の背の低いソファテーブルの上には、橘の愛飲している煙草が放り出されている。

それを手に取って、一本取り出した。白いフィルターを口に咥えると、慧はそれに火を点けた。深く煙を吸い込むと、慣れない異物の侵入に、肺が疼いた。靄のような煙を吐き出す――橘の匂いが拡がった。

なにもかも諦めなければ、あの男は手に入らないのかもしれない――

他にも大事なものがある自分には――

その香りに包まれて、慧はぼんやりと考えた。

そこでふと、気づいた。

橘 裕貴に、大事なものがあるのだろうか――

橘が、自分の命を投げ出すことはあるのだろうか――

橘もまた、ヤクザであるから、自分が盃を交わした兄貴分や親爺のために死ぬことを恐れてはいないだろう――そういうところは妙に潔い男だ。

それ以外に、大事に想っている者がいる橘なんて、なんだか想像がつかなかった。

だからなのだろうか――

自分の想いが、どこかで上滑りしていると感じることがある。

橘以外に、いらない、と言いながら、その想いを橘に鼻先であしらわれているように思う。

それは、見透かされているからなのだろうか――

慧に、諦めきれないものがあることを――

確かに堅気の世界は捨てた。過去の友人たちも、家族も――

それでも、それは、ヤクザの世界に飛び込んだことで、彼らに見限られることは覚悟したという意味で、家族や友人たちを大切に思わないということではなかった。

不幸になってもいいとは思えない。まして、死んでもいいなんて――

橘に代えられる存在などないが、慧には大事なものが多すぎる。

橘の心の中に――自分はいるのか――

そんな問いが、不意にひどく傲慢で自分勝手なものに感じた。

すべての未練と執着を断ち切っている橘と、なにも捨てることのできない自分――

橘の香りに包まれながら、慧は再び目を閉じた。

いっそ、出会わなければ良かったのだろうか――

橘と出会いさえしなければ、きっとこんな想いはしなかった。

橘と出会いさえしなければ――自分をこれほど強欲な人間だと思わせられることもなかっただろう。

――家族が大事なんて、当たり前やんけ

そんな当然のことにすら、罪悪感を覚えさせられる。

慧の想いにけっして応えてなどくれないくせに、その、なにものにも執着のない橘のずるい酷薄さが、潔さにすり替わって、慧を責めたてる。

こんな想いは、結局、慧の勝手な妄想だと分かってもいた。

ただの八つ当たりだ――

慧がすべてを捨てることなど、橘は望むどころか、考えてもいないだろう。

勝手にしろ――

橘の皮肉に満ちた微笑が浮かぶ。

それでも、橘の、笈川の、そのなんの未練も憂いもない姿勢に、慧は意味のない敗北感を感じていた。

あんな生き方をしている人間は稀だ、むしろ異常な状態だ。

ヤクザであっても、守りたい者や、家族のいる人間が殆どなのだ。どれほど年季を積んだヤクザであっても、組長や兄貴のために自分が盾になることはあっても、妻や子どもたちを犠牲にしてもいいと思う者はいないだろう。

それが当然なのだ――当然、なのに――

橘の冷たい視線が――その薄い唇に浮かぶ笑みが、慧の執着を嘲笑っている気さえする。

その姿を、慧は無理矢理、振り払った。

勝手気儘に愛人たちの間を飛び回っているくせに、慧の断ち切れない家族への情愛を未練がましさに掏り替える――

橘にさえ、出会わなければ――

橘さえ、いなければ――

そう思った瞬間、慧の瞳から涙が零れた。
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