スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←第七章『飢えた体と愛の疵』3 →第七章『飢えた体と愛の疵』5
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



もくじ  3kaku_s_L.png ごあいさつ
もくじ  3kaku_s_L.png Morning Moon
もくじ  3kaku_s_L.png TOXIC
もくじ  3kaku_s_L.png Crescent Moon
もくじ  3kaku_s_L.png BROTHER
もくじ  3kaku_s_L.png DIRTY SITUATION
もくじ  3kaku_s_L.png New Moon
もくじ  3kaku_s_L.png Killer Street
【第七章『飢えた体と愛の疵』3】へ  【第七章『飢えた体と愛の疵』5】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

Killer Street

第七章『飢えた体と愛の疵』4

 ←第七章『飢えた体と愛の疵』3 →第七章『飢えた体と愛の疵』5


しかし、秋光は嫌な顔もせず、慧に微笑んだ。

「――優しいんですね、慧さん」

慧は自分の思慮の浅さに、思わず顔を紅らめた。

秋光は、妙にさっぱりした声を出した。

「本当に良かったです――今さら、人として幸せになりたいなんて思うほど、図々しくはないですけど」

「秋光さん…」

秋光は再び、海の方へ視線を戻した。山下公園の向こうに広がる太平洋は、波もなく、穏やかに陽射しを反射させている。

「――なぁ…」

海の方に顔を向けたまま、葵がぼそりと呟いた。

「斉藤は、どうして慧に近づいてきたんだよ?」

葵は、少し怒ったような表情で、波間を睨みつけている。

問いを向けられた秋光は、困ったような顔をして苦笑した。

「いくら元同業者と言ってもねぇ…そこまでは…」

「でも、なんか想像くらいつくだろ? そういうの分かるかもしんねぇって、橘さんはおまえ、呼んだんじゃねぇの? こいつは命を狙われてんだぞ!」

葵は、秋光を睨みつけた。長い睫毛に縁取られた大きな瞳が、怒りに燃えている。少女のような面差しに、裏稼業の影がさす。

「葵くん…」

「くそっ」

慧は思わず声を掛けたが、それが耳に入っていないかのように、葵は舌打ちをした。

「いつまでこんなことやってんだよっ! 親爺の命が狙われてるってのに、誰がヤクネタかも分かんねぇ…っ。そんで、慧で釣ろうなんて…っ」

年齢の割に――いや、むしろ、この年齢の特徴なのか――葵は、日頃、あまり感情を露わにしない。特に、組の仕事の現場に、直接、関わる機会の少ない慧は、気持ちを荒げている葵をあまり目にしたことはなかった。

それでも、葵が情の篤い男であることは知っている。

愛人など何人いても構わない、というヤクザの非常識な常識、 、 、 、 、 、と、それを地でいく橘の無節操な行動の狭間で、慧は苦しんでいる。橘組の組員たちは、もともと堅気の慧が、その苦しみに耐えていることに気づいてはいても、半ば、仕方がないだろう、と諦めている。

けれど、葵だけは違った。親身に慧のことを心配してくれた。

心配してくれて、いつでも相談に乗る、と言ったところで、下っ端組員の葵が、組長である橘の行状を諌めることなどできはしないのだから、それはもちろん、ただ心配してくれるだけしかできないのだけれど。

それでもそんなむしろ潔いくらい単純で、まっすぐな心が、葵にはある。

そして、同じくらいまっすぐな思いが、組長、橘に向いているのはもちろんのこと、葵は、慧までも気遣ってくれているのだ。

しかし、本当に妙なことではあるが、慧には自分自身が危険であるということにまるで実感がなかった。

橘の命を失うことの方がよほど恐怖だ――

ただ、死というものに現実感がないだけなのだろうか――

それでも、あの晩、橘の眉間を真っ直ぐに狙ってきたあの弾丸を思えば、体が震える。

あの時、もし自分が足元に穿たれた道路の穴に足を取られなければ――あの銃弾は間違いなく橘の眉間を貫いていた筈だ。

もしあの時――その想像が慧を怯えさせた。

まだ、頰に微かに残る銃弾の傷痕がちりっと疼いた。

掠っただけの鉛の弾は、それだけで燃えるような痛みだった。

銃で撃たれたのは、あれが初めてではない――橘と出会った抗争事件を思い出す。

あの抗争事件で、慧は、橘と深い関わりのあった内藤ないとう 啓介けいすけに、脇腹を撃たれている。

あの時は、ただ混乱していた――橘 裕貴を失いたくない、だとか、守りたい、だとか、そんなことを考えている余裕すらなかった。

極道同士の抗争事件で、慧がついていったところでなにができるわけでもないことは分かっていたが、それでもひとりだけ安全なところで、ただ待っていることはできなかった。

もう堅気の世界には戻らない――橘の下で生きて行く――その意志を持って、慧は本牧埠頭での、橘と内藤 啓介の最後の決着の場に向かった。

埠頭で待っていた内藤には、もうなんの企み事もなかった。あのときには、内藤の絵図*19はすでに破綻しており、そこからの巻き返しなど有り得なかった。

それでも内藤はその決着の場に現れた。

今なら分かる。内藤の目的は、同門組織を相打ちさせて、音羽会を壊滅させることなどではなかった。内藤の目的は唯ひとつ――

内藤は、待っていたのだ――十年もの間、橘と共に死ぬ己れの夢が成就する瞬間を――

あのときの内藤の瞳には、もう他の誰も映ってはいなかった。内藤に見えていたのは、橘、だけ――

――だから――慧は怖いとは思わなかった――あの場で、自分の命の心配をする必要はなかったから――内藤の弾丸は、ただただ橘だけを狙っていた。

慧には、橘の盾になった、という意識はなかった。

あの瞬間、慧には分かったのだ――内藤は橘を撃つ、ということが。だから、橘を押した。反射的に、体が動いた――

結果的に、自分が撃たれた後も、やっぱり慧には現実感などまったくなかった。

痛みは感じたし、それは息をするのも辛いほどだった。それでも、慧の頭に最後まであったのは、橘が撃たれる、ということだけだった。

だから、撃たれて倒れた後も、橘のことばかりが気になっていた。

ケガはないか、と尋ねた慧に、橘が、ケガをしているのはおまえだ、と喚いたあの時、改めて、ああそうか、と思ったぐらいだ。

そんな経験までしているというのに、自分には未だに殺されるかもしれない、という実感がまったく湧かない。

死、という概念がぴんと来ない、ということではないだろう、と思う。

橘の死の想像は、慧をこんなにも怯えさせるのだから――





*19...計画。

関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png ごあいさつ
もくじ  3kaku_s_L.png Morning Moon
もくじ  3kaku_s_L.png TOXIC
もくじ  3kaku_s_L.png Crescent Moon
もくじ  3kaku_s_L.png BROTHER
もくじ  3kaku_s_L.png DIRTY SITUATION
もくじ  3kaku_s_L.png New Moon
もくじ  3kaku_s_L.png Killer Street
【第七章『飢えた体と愛の疵』3】へ  【第七章『飢えた体と愛の疵』5】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【第七章『飢えた体と愛の疵』3】へ
  • 【第七章『飢えた体と愛の疵』5】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。