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Killer Street

第八章『消せない疵痕』7

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「――俺は…死んでもいいと思ってるんとちゃいます…。死にたくなんかないけど…。でも俺、アホやから――簡単に人に利用されて――橘に迷惑ばっかかけてる。――だから、俺になにかできることがあって、それがあいつを助けることになるなら、やりたいって――そう――…」

そう――

そこまで自分は愚かなのだ。

自分の身など惜しくない、と思ってしまうほど――橘に囚われている――どんな極悪人でも構わない――そう思うほど――

「――参ったな」

「え?」

顔をあげると、葛西が苦笑していた。

「おまえさん、まさかそれをそのまんま、橘さんに言ったりしてねぇよな?」

言った――いけなかったのだろうか――そういえば橘は嫌そうな顔をしていた――

――死にたいんと違う

――橘…、おまえを守りたい

慧がそう言ったときの、橘の苦痛に満ちた表情が思い出される。

苦しそうに――慧から逃れようとしていた――

あの、 、行為からくる苦悶だけではなかっただろう。

それだけじゃなくて、橘は慧の言葉を厭っていた。

慧から――慧の囁きから逃れるように顔を背けていた――

「――そりゃあ、橘さんも参ったろうぜ」

堪えきれない、といった様子で葛西はくっくと喉の奥で笑い声を立てた。

「――やっぱり、迷惑やったんですかね…」

身の程知らず――ということなのだろうか――

しかし、葛西は、そういう意味じゃない、と苦笑した。

「――俺たちはヤクザだからな、てめぇのおとこの売り方ひとつで、体張る若ぇのなんざ、ついてくるもんだ。渡世の親兄弟に命も張れねぇんじゃヤクザじゃねぇからな。でもな、情人イロってのはそういうんじゃねぇんだよ」

そこまで言って、葛西は短くなった煙草を灰皿に押しつけた。

「情人ってのはよ、こっちの漢にゃ惚れちゃあくれねぇのよ。ヤクザとしてどれだけ漢をあげても、情人にとっちゃ、そんなことどうだっていいんだ。ハダカのてめぇ自身で勝負するしかねぇ」

そう言うと、葛西は再び、新しい煙草に火を点けた。

「――ところがこっちは人間としちゃあ勝負にはならねぇ外道の極道者だ。ハダカのてめぇにゃ、蛆虫ほどの価値もねぇ」

蛆虫ってのは食物連鎖を担ぐ、れっきとした価値があるが、俺たちがいなくなっても誰も困らない、と葛西は笑った。

「――だからこっちは、せっせと金使ったり、表でエラそうにして見せたり、あの手、この手でてめぇの面の皮一枚に価値があるように見せかけんだよ――あっちで満足させたりな」

葛西は、慧に片目を瞑ってみせた。

「――けどな」

葛西は、そこで言葉を切って、再び酒を啜った。丸い氷の周りを琥珀色の液体が揺れる。

「そんなもんは所詮、面の皮一枚のハナシだ。そんな上っ面の価値なんぞにてめぇの命を懸ける情人なんて――いねぇよ」

不意に葛西は人の悪い笑みを浮かべて、ヤクザ者というのは女の懐をこくのが仕事みたいなもんだから、どいつもこいつもあっちのワザはたいしたものなのだ、と言った。

「それだって、情人が手放すのは命の次に大事なおアシまでだな。命まではなかなかくれねぇなぁ」

葛西は、咥え煙草でスーツの内側に手を入れると、ペンを取り出し、テーブルに置いてあったナプキンになにかを書いた。

慧の前に差し出されたナプキンを見ると、

橘 裕貴命――と書かれていた。

「昔の情人ってのはよ、よくこういう刺青を刺れたりしたもんだ。でもよ――」

そこまで言って、葛西は咥えた煙草の隙間から、くっと笑いを漏らした。

「体に刺青スミまで刺れたって、おまえ、ホントに命くれるヤツなんか、いねぇからな」

葛西は、咥えたままの煙草から流れた煙に目を眇めると、それを口元から外して、灰皿で揉み消した。その表情は、男の慧が見ても羨ましくなるほど決まっている。

ヤクザでございますという見かけではあるが、きっと女にもモテるだろうと思わせる渋味のある顔と立ち居振る舞いだ。

慧は、葛西が揉み消した煙草から薄く立ち昇る煙を見つめながら言った。

「…でも、橘は…全然、嬉しそうちゃうかったですよ…むしろ…――」

迷惑そうだった――

慧が、守りたいと言ったとき、橘は厭わしそうに顔を背けていた。

おまえなんかに、守れるはずがない――と――そう思われているのかもしれなかった――

すると葛西は、再び、そうじゃねぇだろ、と笑った。

「あの人に限った話じゃねぇが…」

葛西はそこで言葉を途切らせると、酒を口にした。

「俺たちヤクザは、人に嫌われることにゃ慣れっこなんだよな。ビビられて、嫌われてナンボってとこがあるからな。でも、好かれることにゃ、慣れてねぇんだな」

そう言って、葛西は笑った。

「ガキみてぇな話だが、ホントのことだ。ヤクザってのは、欲しいもんは欲しい、ガマンは効かねぇ。そうやって生きてるからな。誰もまともに相手になんかしちゃくれねぇのよ。――もともと、ホンモノのガキの頃から、親にもろくに相手にされてねぇってヤツばっかだしな。だから俺たちは、おまえみたいなの、 、 、 、 、 、 、 、を目の前にすると、どうしていいか分かんなくなっちまうんだよ」

「俺…みたいなの?」

「おまえみたいに、まっとうに真正面から、愛情みたいなもんをぶつけてくるヤツだよ」

葛西は、淡い照明を反射させている色の濃いテーブルの上で、煙草の箱を弄んだ。

「愛情…みたいなもん、じゃねぇな――おまえのは愛――だろ?」

気障なセリフだ。それでも慧は、葛西に正面から見据えられて、どきりとした。

愛――しかない――

力もない――

裏社会を生き抜く知恵もない――

慧にはなんの武器もないのだ――

橘を想うこの気持ち以外に――

「ったく…、小っ恥ずかしいこと言わせんじゃねぇよ――殺し文句だな、慧――おまえのために死ねる…なんてよ」

葛西のからかうような口調に、慧は頰が熱くなるのを感じた。

「…俺には…それしかないから…。俺は、葛西さんたちと違って、橘のために他になんもできることなんて、ないんやから…」

そう言って下を向いた慧の頭上に、葛西の小さな笑いが落ちてきた。

「――橘さんが、他に望んでることもねぇだろうさ。おまえは今のまま、橘さんの傍にいりゃあ、それがあの人の望みだろうよ」

橘の望み――それは――

本当にそうなんだろうか――

自分が傍にいることを、橘は本当に望んでいてくれているのだろうか――

テーブルの上に、薄暗い照明に照らされたナプキンが置かれたままになっていた――橘 裕貴命――

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