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Killer Street

第八章『消せない疵痕』4

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慧には、そんな秋光の気持ちを否定することなどできなかった。

――誰だって、死にたくなんかないだろう

綺麗事ならいくらでも言えるだろうが、実際に死を間近に感じながら、自分の命を引き換えにできる人間など、そういるものではない。

以前の慧なら、きっと頭で考えた理屈で、『人を殺すくらいなら、自分が死んだ方がマシだ』と考えたかもしれない。けれど、橘 裕貴という男と出会ってしまった今では、慧にとって、死は現実の問題となっていた。

目の前で命の火が消えていくのを何度も目にした。

ついさっきまで生きて、話して、慧を見返していたその瞳から、突如として光が失われ、次の瞬間、生を持たない人形のように動かなくなった人々を目の当たりにした。

もう言葉を紡がない乾いた唇――

なにも映さない虚ろな瞳――

血の通わなくなった体――

人は知らないからこそ死を恐れるなどというのは嘘だ、と慧は思った。

間近に見れば見るほど、死は恐怖を煽る。

命の宿らない肉塊となった人間――

秋光が、自分もそうはなりたくないと思ったとしても、慧には責める言葉などなかった。

秋光 健太郎が直面した現実は、きっと慧の想像を超えるものだっただろう。

事故とはいえ、自分の手で人を殺してしまったあとで、おまえも殺すぞと脅されて、冷静な判断ができる者などいない。パニックに陥って、ヤクザの言いなりになったとして、一体、誰がそれを責めることができるというのか。

なし崩しに人を殺める道を進んでしまった秋光は、一体、何人の命を奪ったあとで、これだけの命と引き換えにするほど、自分の命に価値があるのか――という疑問を抱いたのだろう。

命の価値は等価だ。秋光が仕事で殺めた人の数は、ひとりやふたりではなかっただろう。簡単な算数で考えれば、確かに秋光の言うとおり、秋光ひとりの命を、秋光が葬った人間たちの命と引き換えにする価値はない、と言えるかもしれない。

けれど、人はそんな風には考えられないのではないだろうか。なんといっても自分の命なのだ。他人の命を救うために、死ぬことのできる人間が何人いるというのだろう。

命の価値なんて――

誰にも決められはしない――

数で測れるものじゃないだろう――自分の命なのだ――

そして慧が堕ちてきた世界は、人の命を断ち切る自分の命が、次には消されるかもしれない――そういう世界だ。

慧はゆっくりと秋光の側に寄った。

掛ける言葉が見つからず、その腕にそっと触れた――人を殺めたその腕――

「慧さん…」

慧に触れられたことに気づいた秋光が、顔をあげた。

「…死ぬのが怖いのは…皆、一緒です」

こんな陳腐なセリフしか吐けない自分に嫌気がさす、が、他に言うべき言葉が見つからなかった。

「誰だって…、死にたくなんか…」

「――それでも、あなたは橘さんのためになら死ねるのでしょう?」

不意にそう言われて、慧は驚いて秋光を見た。

秋光は、奇妙に穏やかな瞳で慧を見ていた。

「死にたくないと言いながら、あなたは橘さんのために囮になることを躊躇しなかった。――怖くないんですか?」

「俺は…――」

死ぬことが――怖くないわけじゃない――死にたくなんかない――

でも――橘を失うことの方が――

「あなたは橘さんがどんな人か知っていますよね――あの人も人を殺す」

思わず顔をあげると、真剣な瞳の秋光と目が合った。

「――あなただって分かっている筈です、慧さん」

「お、俺は…――」

そう――

分かっている――

橘だって――命を奪う側の人間なのだ――自分だって何度も目にした――橘が人の命を断ち切る瞬間を――

心が死んで行く――と秋光は言った。

人を殺すことに疑問も恐怖もなくなって、人としての心が死んで行く――

それならば、橘は――橘の心は――

秋光の手が、唐突に慧の頰に触れた。

「――命を懸けて…守るんですか…? あの人を――」

橘が善人でないことなど、最初から分かっていた。

善人どころか――

橘 裕貴という男は、そこいらの小悪党がかわいく思えてしまうような男だ。

自分の欲望に忠実で、法など守る気もなく、裏社会に生きる極道者――

自分勝手な理屈と利己的な本能で、人を殺し、女を犯す――

分かっている――自分がどれだけ非道な男のために、なにもかもを捧げているのかを――

結佳ゆかの影が心を過ぎる――

忘れたことなんかない――

忘れられる筈がない――

あの日、突然いなくなった妹、結佳の行方を追って、初めて橘組を訪れた――初めて、橘に出逢った――

恋人の借金のかたに結佳を生き地獄に叩き込み、その証文代わりだとその身を辱めた。

事務所の床に散らばったおぞましい写真と、泣き叫ぶ結佳の顔が今だって、焼き付いて離れない――

そんな男に、兄である自分は愛を乞いて、ひざまずき、命まで捧げている――

――反吐が出そうだ――

慧は手の中の小さな婚約指輪を見つめた。

――惜しむような命なのか…

命があっても心が死んでいく――

結佳――

慧の震える手から、指輪が転げ落ちた。その手で顔を覆う。

それでも、あの男のために命を懸けるのか――

*20…組に所属するヤクザ。
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