Killer Street

最終章『獣たちの挽歌』1

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音はしなかった。

ただ突然、まるで糸の切れた操り人形のようにけいの体がその場に崩れ落ちた。

「慧っ!?」

「慧さんっ」

慧が目前で倒れたあおい秋光あきみつが、同時に駆け寄った。

秋光が抱き起こした慧の腹は、みるみるうちにドス黒く濡れていった。

冨樫とがしっ」

たちばなの一声で、冨樫と剛介ごうすけが走った。撃たれた方角から見当をつけた、殺し屋がいた筈の方向に向かう。

葵が素早く自分のシャツで慧の腹部を隠す。通りすがりの一般人に騒がれてはまずい。

牛丸うしまるが車を取りに走った。

会計を済ませて店外に出て来た笈川おいかわも、すぐに状況を察したのだろう。携帯電話を取り出して、組が世話になっている医師に電話を掛け始めた。

葵と秋光が、人混みを蹴散らして寄せられた車に慧を乗せた。

反対側のドアから橘も乗り込む。

「橘さん…血が…っ」

腹部を止血している葵が、血塗れの慧に寄りかかられた橘を気にした。

「構うな」

橘は言葉少なにそう言った。

葵に慧の世話を譲った秋光が、反対側のドアを閉める。

牛丸の運転する車は、笈川を助手席に乗せると、すぐに芹澤せりざわ医師の診療所に向かった。

看板などろくに出してもいない、ほとんどゴロツキ専用のような診療所だ。院長の芹澤も医師免許など持っているかも怪しい。

それでもこんなことには慣れている芹澤は、余計な詮索も通報もしない。ヤクザにとっては救世主のような医者だった。

看護師代わりの芹澤の妻が、慧を乗せたストレッチャーを診察室に入れた。

「――こりゃあ…この間とはだいぶ様子が違うな…」

以前、本牧埠頭で橘を庇って内藤ないとう 啓介けいすけに撃たれたときも、慧はこの診療所で治療を受けていた。

あのときは皮一枚、破れた程度で、その場で帰されてしまうほどの軽傷だった。

「そんな…っ、オヤジさんっ」

葵が涙声で取り縋ると、芹澤はわずらわしそうにそれを払いのけ、診察室の扉を閉じた。

待合室のくたびれたソファの上で、慧の血を吸って色の変わったシャツのまま、橘は煙草をふかしていた。

一言も口をきかない。

携帯に連絡が入った葵は外に出て行って、しばらくして戻って来た。

「――笈川さん…、冨樫さんからです…斉藤…見つからないって…」

葵は苦々しげにそう言った。

「分かった」

笈川は一言だけ言うと、黙って壁に寄りかかった。

もうどれくらい時間が経ったのか――診察室の扉は硬く閉じたままだった。

橘の足元には吸い殻がいくつも落とされ、一言も発せられることはなかった。

葵も隅の方で白い顔のまま、じっと黙っていた。
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