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「New Moon」
大阪 Baby Blues

第三章『小さな恋のメロディ』6

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磯村はお茶を飲んでから、なにかに思い至ったかのようにふっと笑みを漏らした。

「ホンマはヨカタのおまえにこんな話したらアカンのに、俺も喋ってもうてるもんな」

隠密裏に進んでいた塚原を通した手打ちの情報を、表向き共有していたのは幹部のみなのだろうが、情報というのは漏れるものだ。今の磯村がいい例だ。その情報を内藤は掴んでいたのかもしれないし――知らなかったのかもしれない。

磯村はすっかり疲れ切っているようだった。

ここのところ横尾方の形勢はさらに悪化していた。どういうからくりだか分からないが、これまで先代の真島親分に忠誠を誓い、横尾こそ跡目と押していた筈の味方の組と急に連絡が取れなくなったり、上納金カスリを渋り出す組が出てきている。先日から沼田組は、その情報でひっくり返るほどの大騒ぎになっていた。

ヤクザなど本当に外道の集まりだから、いくら仁義だ侠気おとこぎだなどと言ってはみても、こういう時になれば、自分たちの身が一番可愛いという本音がボロボロと出てくる。

下部組織が減ればそれだけ上納金カスリも減るわけで、それは現状では抗争の軍資金に直結しているから、沼田組の金庫番であり、横尾方で資金の遣り繰りをしている磯村たちにとっては喫緊の問題だ。

こんな身内同士の裏切り合いなど、長引いてもいいことなどひとつもない。結局は同門同士だから、勝っても縄張りシマが増えるわけでもないし、金にならないどころか、軍資金が出て行く一方である。

「マチガイやなんや言うてもな、俺ら皆、もともとは同門の兄弟や。もちろんシノギの削りあいはある――ヤクザやからな。ほんでもこんな仲間割れみたいなのんは長く続けば、いらん恨みを残しよるわ。チャカ向けてくるヤツら、俺ら、皆、顔を知っとる。酒呑んだこともあるよお知っとるヤツらばっかや。そんな関係やからな、しがらみ絡んで、寝返るヤツも出てくるちゅうもんや…」

磯村も愚痴っぽくなっている。深い溜息を吐いた。

「――たしかに篠田さんは横尾親分の跡目襲名を渋ってたけど、横尾組の若いのぉが短気さえ起こさんかったらこんなことにならへんかったかもしれんのになぁ」

「短気?」

一臣が聞き返すと、磯村が頷いた。

「たしかに篠田さんは腹に一物あったやろうけどな、実際にこのマチガイが始まってもうたんは、なんやかんや理屈並べて、横尾さんの襲名にいくら経っても動こうとせんかった篠田さんの下についてた山内組の若頭補佐を、横尾組の若いもんが短気を起こして獲ってしてまいよったことなんや」

あれで篠田側に大義名分を与えてしまった、と磯村は再び溜息を吐いた。

「ま、おまえは関東もんやからこの辺のことはよお知らんやろうけどな」

磯村はそう言ったが、実は一臣はこの抗争の経緯についてある程度は知っていた。山内組若頭補佐の狙撃は、全国紙でも報道された大事件だっだ。一臣は自分が世話になる女には必ず主要新聞四紙は購読させるし、それらに毎日目を通すようにしていた。

しかしもちろん一臣に分かるのは、新聞に載った通り一遍の情報だけだ。盃を受けたのだって大阪に来る直前だった一臣のような下っ端に、大阪の内部情報をもたらしてくれるような兄貴分もいなかった。

「おまけにそれに勢いづいたアホなガキが、その後すぐに小林組の岡田さんを殺しロクってもうて…もう収拾がつかへんようになってもうたんや。せやからこのどデカイマチガイは大方が若い連中の勇み足みたいなもんやねん」

岡田は小林組若頭だった男だ。現在、小林組は篠田側に与みしている。

「それも横尾方こちら側の若い衆ですか?」

「そうやねんけど、あれは痛い間違いやったわ」

「間違い? でも小林組は篠田さん側ですよね?」

小林組は敵側篠田陣営の先鋒だ。その若頭補佐を横尾側が討ち取ったのならば大手柄ではないのか?

しかし磯村は首を横に振った。

「たしかに今はな、小林組は篠田さんの側や。けど最初のうちはケツがよお決まらんかってん。特に若頭の岡田さんは、真島親分には忠義のお人やったしな。あの人が生きとったら、小林組は篠田さんとは手を組まんかったやろ」

なるほど――もともと山内組傘下の組織も、組ひとつ取ってみても内部からそっくり一枚岩というわけではなかったのだろう。裏で篠田が暗躍していたとはいえ、歴史ある山内組大親分であった真島に反旗を翻すことを承諾させることは容易ではなかった筈だし、たとえ組長や幹部の誰かがそれを受け入れても、その側近に必ず反対する者が出た筈だ。

現在では大分、旗色が鮮明になってはいるが、真島の死の直後は、横尾につくか、篠田につくか、腹を決めかねている組も多く、また組内でも相当揉めたに違いない。

「――山内組の若頭補佐も、小林組の岡田さんも、襲撃したのは、横尾方こっちの若い連中だったんですね…」

「そうや、若いもんは功を焦ってデカいタマ狙いよるからなぁ」

磯村は溜息を吐いてから、お茶を口に運んだ。

これ以上、長引いてもええことひとつもあれへんのに、と磯村はぼやいた。

手打ちの調整役であった塚原を失って、また一から適任者を探すとなると、これはなかなか磯村にとっては頭の痛い問題になるだろう。

一臣もそっと息を吐いた。
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