Tattoo Maniac

第一章『悪魔の恋』1

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春海はるみ けい芹澤せりざわ医院から戻ってきたのは入院から二ヶ月も経ってのことだった。

関東音羽おとわ会傘下で横浜を縄張りシマとして組を構える橘組組長 たちばな 裕貴ゆうきを狙った殺し屋の銃弾を、慧はその盾となって受けた。殺し屋と、その相棒でもあり橘 裕貴の愛人でもあった男は、橘と橘組若頭 笈川おいかわ 一臣かずおみの手によって始末されたが、腹部に銃弾を受けた慧は重症で、結局二ヶ月の間、退院を許可されなかった。

もちろん撃たれた場所が悪かった、というのもある。だが入院から三週間後くらいには慧はベッドから起き上がり、歩き回ったりすることもできるようになっていたのだ。しかし、入院した先の病院長の芹澤医師は慧の退院を許可しようとはしなかった。

その理由はただひとつで、全快しないまま慧の住まいでもある橘のマンションに帰ったりしたら、とても安静にはできない、できる筈がない、とにかくケダモノの橘 裕貴のいる家には帰らせない、と芹澤が頑なに首を縦に振らなかったからだ。

橘 裕貴がケダモノである、ということに反論のある者はほとんどいないだろう。たしかに橘 裕貴はヤクザの組長であり、そういう意味で街のケダモノではある。しかし芹澤医師が危惧していた橘のケダモノっぷりはそういうことではない。

橘 裕貴は三十歳の若さで、関東を統べる広域指定暴力団、音羽会傘下の暴力団組長である。ヤクザとしては超一流とその評価は高い一方で、橘には噂好きのゴロツキの口の端にのぼる悪癖があった。橘 裕貴はその下半身の理性という名の操縦桿が壊れている、いや操縦桿自体がついてないんだろう、あれは暴発必至の危険物だというものである。

橘はとにかく節操がない。気が向けば後先を考えずに、すぐに誰でもベッドに引っ張り込む。そこに問題が絶えないため、若頭の笈川がそれ専用に本宅とは別に本牧にマンションまで用意しているほどだ。(本宅を知られていない方が被害が少なくて済む、という理屈らしい)

極道者など大抵は単純で女好きなものだから、色事の浮名が流れるのはまったくの不名誉とも言い難いが、橘組組長 橘 裕貴はひとつだけ変わった趣味を持っている。彼は、その相手、 、 、 、に男も女も問わないと公言して憚らないのだ。

複数の愛人を抱えている親分など珍しくもないが、橘の場合、男の愛人がいるという点が、存外、物見高い暗黒街の住人の注目を集めているのである。

そして春海 慧は、その愛人のひとりである。

二十八歳の慧は、少し前までは堅気のサラリーマンだった。それも暗黒街の大物と通じて暗躍するような切れ者などでは全然ない。ただ先輩社員に追い使われるうだつのあがらないサラリーマン――リストラ寸前というほどでもないが、かといって出世街道まっしぐらというタイプでもない平凡な会社員だったのだ。

その自分がまさか極道の、しかも男と恋に落ちて、その愛人として囲われることになるとは人生はなにが起こるか分からない。

芹澤医師が頑なに慧の退院を拒んだ理由がそこにあった。

下半身に節操がなく操縦機能のぶち壊れた男の元に、安静を必要とした愛人が戻るなど言語道断、と芹澤は言い張った。

つまり、まだまだ安静にしていなければならないのに、慧を自宅に戻せば橘に夜のお相手を強要されるに違いない、と芹澤は心配したのである。そしてその危惧はあながち的外れでもない。

芹澤医師は、患者の大部分がゴロツキという、ヤクザ御用達のようなモグリ医者である。当然、十代から暗黒街を生きる橘とのつきあいも長い。芹澤は橘 裕貴がどういう人間か良く知っているのだ。

そんなわけでようやく芹澤に退院を許可された慧が、橘組組事務所に顔を出せるようになったのは、関内かんないで殺し屋に狙撃されてから実に二ヶ月ぶりのことだった。

「やっと帰ってきたな〜、慧」

組員のあおいが嬉しそうに慧に近寄って来た。葵はやっと二十歳の最年少舎弟である。色が白くて目が大きく、葵はとてもヤクザには見えない。実は男であるかも疑わしい外見だ。ぱっと見は美少女にしか見えない、という綺麗な顔立ちをしている。ひとめで葵をヤクザと見抜く眼力の持ち主は、人を見るのが商売のゴロツキにもそうはいないだろう。

本人は自身の見目麗しい女顔を毛嫌いしており、しばしばそれをからかう命知らずと悶着を起こしている。この可愛らしい外見に惑わされた者たちはそれで大抵、痛い目を見ることになる。横浜の不良少年グループの元総長であったこの美少女顔の青年は、見かけによらず喧嘩が強いのだ。

「葵くん、何度もお見舞いに来てくれてありがとうな」

入院中は葵と、隻眼の幹部組員の村尾むらおの妻、弥生がほぼ日替わりで慧の世話に訪れてくれた。弥生は、音羽会のツキヨリ*1集会で、橘組が胴元でかけたほんのお遊びの賭場を通して知り合った慧のことを、とても可愛がってくれている極道の妻だ*2。弥生は親も元極道という筋金入りで、橘の愛人としてこの世界に飛び込んで一年足らずの慧なんかよりもよっぽど渡世の水に馴染んでいるが、普段はふたりの子どもの良き母親でもある。

そんなわけで入院中、しょっちゅう顔を合わせていた葵だが(橘なんて一度も見舞いに来なかった!)、それでも親しんだ事務所でようやく落ち着いたと話していたその時、唐突に事務所の入口が騒がしくなった。若い舎弟が喚いている声が聞こえる。



*1…同じ一家や組で行う月に一度の顔合わせの会。
*2…同ブログ内『BROTHER』参照。

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