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Tattoo Maniac

第一章『悪魔の恋』6

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新城 彰は橘組同様、横浜を縄張りシマとする新城組の組長だが、同時に橘の愛人のひとりでもある。

親分の姐さんにも敬意を払うという渡世では、組内の上下関係をひっくり返しかねないからと、自分の舎弟には手を出さないが、高目の兄貴分なら問題ないだろうというのが、橘 裕貴という男である。

それだけでも慧にとっては複雑なのに、かつて橘は、自分と新城 彰の逢瀬を襖ひとつ隔てただけのところで、邪魔者が来ないように慧に見張らせたことがあった。慧はその恨みを忘れていない。

自分でも執念深いと思うし、実際にそれを命令したのは橘だから、若干、逆恨みの気があるとはいえ、その新城からの快気祝いに慧は気が進まなかった。

それでも橘にとっては高目の哥兄だし、断ってしまうのはあまりにも失礼だと思った慧は、笈川にも一緒に来て欲しいと頼んだ。ところがその日、笈川は先約があって、どうしても行かれないという。新城と橘と自分の三人だけなんて絶対に嫌だ、と慧が途方に暮れていると、俺が行ってやるからと笈川の代わりに葛西が来てくれた。

だから慧と橘が知っていて、笈川だけが知らないあの死体の男と面識ができたのは、自分が欠席した快気祝いの席だと推測したのだろう。

快気祝いは、橘組の仕切り内にあるロゼというバーで行われた。新城の縄張り内でなく、わざわざ橘組内に構える店でやるというのは、橘の縄張りの店に稼がせてやろう、ということだ。どうせ支払いは新城だから、橘の顔を立ててくれたのだろう。

しかし、この場所の選択も慧をますます憂鬱にさせた。ロゼの看板バーテンダーの拓巳もまた、橘の愛人のひとりだからだ。慧と拓巳は、互いの存在も認識している。それどころか、慧はそれを憎まれて拓巳に拉致されてしまったこともある*9。

なんの因果で橘を共有する男が勤める店で、橘を共有する男と飲まなければいけないのか…。

慧はもうどうとでもしてくれ、という気分だった。

今、考えたら笈川が来れなくて本当に良かった。

笈川は橘組の若頭で、組長 橘 裕貴の右腕である。十代の子どもの頃からのつきあいだというふたりは、肩書きの上では橘が組長であるが、実質、ふたり合わせて橘組の二枚看板と言っていい。しかし、もはや言うまでもないが、笈川もまた橘 裕貴と体の関係があるのだ。

笈川を愛人、と呼ぶのに慧は少し抵抗を感じている。他の愛人たちと笈川は違う、と慧は知っていた。思っているのではない、知っているのだ。

気が多くて節操のない橘と関係している人間は、男女問わず多い。慧が知らない人間もいるだろう。その場限りの相手も入れたら、きっと橘本人も覚えきれていないんじゃないか、と思う。

そして橘は、愛人たちが浮気をしようが、他に恋人やパトロンがいようが一切、気にしない。愛人たちの感情には興味がないからだ。橘は愛人に愛も貞節も求めない。

多分、ある日突然、愛人の誰かが関係を解消したいと言っても、橘はそれをあっさりと受け入れるだろう。もちろん、自分勝手で気分屋な男だから、相手から、 、 、 、別離れを切り出されたことには腹を立てるかもしれない。でも――それは別離れが嫌なこととは違う。そんなこと、橘にはどうでもいいのだ。代わりはどうせたくさんいる。

でも、笈川 一臣だけは違う。橘は笈川とはけっして離れられない。笈川はただの愛人ではない。ふたりの絆は誰にも引き裂くことはできないし、間に入ることもできない。それは慧にも――

半年を超える橘とのつきあいで、慧にはそれが身に沁みて良く分かっている。

最初はそれがつらかった。嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。でも、どこかの時点で慧はそれを受け入れてしまった。

橘 裕貴には笈川 一臣が必要なのだと――

ふたりはけっして離れることのできない連理の枝だと――

それがすとんと腹に落ちてしまった。

笈川は橘になにひとつ求めない。愛し返して欲しいとさえ、思っていない。自分はその命さえも橘に捧げているというのに。

それを笈川は、極道の親と子というものはそういうものだ、と表現していたけれど、それだけじゃないことを慧は知っている。

笈川は慧にはっきりと言ったから――愛していなけりゃ、男なんて抱けるか――

慧もそう思う。

そして何度も生死を共にして、慧は笈川には敵わない、と思ってしまった。

ふたりを引き裂くことは誰にもできないんだ、と気づいてしまった。

だから、もういいのだ。

慧は橘を愛している。

それはもう分かっている。

橘が、慧の妹、結佳をその恋人の借金返済のカタに身を売らせるような世界に突き落としたと分かっていても、この気持ちを止めることはできなかったのだから。

だから、もういいのだ。

橘にとって特別なのは自分じゃなくて笈川であってもいい。

こうして傍にいることを許して貰えているのだから。

それでも、こんな橘の愛人大集合みたいな状況は、また別の話だ。その存在を容認することと、顔を突き合わせて酒を酌み交わすことは、まったく意味が違う。

愛人の店で、愛人の奢りで、別の愛人と快気祝いだなんて…、常識というものがなさすぎる。

だからこの日、笈川の都合がつかず、代わりに葛西が同行してくれて、本当に良かったと、ロゼの座り心地のいいソファの上で慧はこっそり溜息を漏らしたのだ。



*9…同ブログ内『Dirty Situation』参照。
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