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Tattoo Maniac

第一章『悪魔の恋』7

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「おまえらには本当に迷惑、かけちまったな」

グラスを片手に新城が、悪びれなく笑った。新城は若頭の柴田を伴っていた。後ろの席にはもうふたり、新城組の若い衆が静かに座って酒を飲んでいる。

新城組若頭の柴田の顔には、慧も見覚えがあった。きっとツキヨリの賭場にも、新城に同行していたに違いない。それでもこうして面と向かうのは初めてだったので、改めて挨拶をした。柴田は無口な男で、慧の挨拶にも柴田だ、よろしく頼む、と言ったきりだった。

慧の全快祝いとはいえ、慧と新城には共通の話題などほとんどない。それにこれは慧のためというより、盃を交わした弟分の橘をその愛人も含め、捲き込んでしまったことへの新城なりの詫びの印なのだろう。ほどなく話題は慧の知らない音羽会の話に移ってしまった。慧もいっそその方が気楽で、柴田を見習っておとなしく酒を楽しんでいた。

その時、その男が通りかかったのだ。

「――失礼ですが、新城さんじゃありませんか?」

その声に新城が顔をあげた。男は慧たちの囲んだテーブルの前で、頭を下げた。

「おじゃましてすみません。覚えていらっしゃらないかもしれませんが、自分は三崎みさき…逗子の方でおとこを売らせて頂いている中島です。以前、上大岡かみおおおかでお世話になりました」

「中島か、久しぶりだな。いや覚えてるぜ」

新城は笑みを浮かべた。

これはあとで葛西に聞いたのだが、「上大岡で」というのは、上大岡にある横浜刑務所のことを指しているのだそうだ。だから「上大岡で世話になった」というのは「横浜刑務所で世話になった」という意味だ。つまり新城とこの中島という男は、同時期に同じ刑務所にいた縁で知り合った、ということのようだった。

同門でも音羽会ほどの大所帯になると、なかなか顔を合わせない兄弟たちもいると、これも葛西が教えてくれた。

「なにしてんだ、こんなところで。まぁ座れよ」

しばらく遠慮していたが、結局、中島は新城たちのテーブルに混じった。

「あらためまして、柳沢組の中島 誠です」

中島は橘や葛西、そして慧にまで丁寧に挨拶をした。

歳は葛西や新城と同じくらいだろうか。色の黒い精悍な顔つきをした男だった。

「こちら橘組の親分さんでいらっしゃいますよね。お噂は三崎にも届いております」

中島は橘に笑顔を向けた。

柳沢組は、新城や橘と同門の音羽会傘下の組織だった。逗子周辺を本拠地としているが、組事務所は三崎にあり、組長の柳沢 進二は「逗子の親分」と親しまれているが、組員たちは自分たちを指して「三崎の者です」というのが通例だった。

しばらく新城と中島は、刑務所での生活を慧に面白く聞かせてくれた。刑務所になど縁のない慧には興味深い話も聞けた。(ヤクザはヤクザでまとめて刑務所に入れられるだなんて、知らなかった。ヤクザと他業種の人間を一緒にすると、食事時におかずを巻き上げたり、パシリに使ったりと揉め事の元だからだそうだ)

さて、そこからが問題だった。

中島は小一時間もしないうちに辞した。その時、ちらりと橘と目を合わせたような気もする。

そして慧たちもお開きにしてロゼを出ようかとなり、店の前で新城が立ち去るのを最後まできっちりと見送った後、橘が言った。

「おまえら先に帰ってていいぞ」

「はい」

葛西は、まるで予期していたかのように素直に返事をした。慧だけがぽかんとしていた。

橘はじゃあな、と言うと、くるりと踵を返して歩き出した。そこへ、通りの影から男がやって来て、自然な仕草で橘と並んで歩き出した。ばったり出会ったという感じではなかった。橘もその男も、最初からそこで会うことが分かっていたかのようだった。

ふと横を向いたその横顔で、それが先ほどの中島 誠だと、慧も気づいた。

「――まったく橘さんも手が早ぇよなぁ。いや、ありゃあ中島のダンナが手が早いのかね?」

ふたりの後ろ姿を呆然と見送る慧をよそに、葛西はへらへらとそんなことを言った。

葛西もちっとも驚いていない。ということは、中島も交えての歓談中に、葛西も、ふたりの間で密かに交わされたやりとりに気づいていたんだろう。あの話のどこでどう、ふたりがその気になって、一体、どうやってその後、互いが落ち合うつもりと合意したのか、慧にはさっぱり分からない。

慧は小さく息を吐いた。溜息――というほどのものではない――もう――

橘といれば、こんなことは日常茶飯事だ。気が向けば誰とでも寝てしまう男なのだから。しかし、葛西の言うとおり、橘はともかく中島という男もなかなかの早業ではないか、と慧は妙なところに感心してしまった。

「牛丸さんに連絡しましょうか」

牛丸も古参幹部のひとりだが、組長橘に心酔するあまり橘の乗る車のハンドルを誰にも渡さず、今では専属の運転手のような仕事をしている。

橘同様、十代にこの世界の門を叩いた牛丸はまだ三十代半ばらしいが渡世は長い。おまけにその長い渡世の勲章か、顔中に縦横無尽に傷が走っている強面だ。

今日も来る時は牛丸の運転で来た。帰りも橘からの連絡を待っている筈だが、どうせ橘はすぐには帰らないだろうし、だったら牛丸にも現状を報告して、ついでに送ってもらってしまおうと慧は考えた。橘のマンションはここからそんなに遠くない。

慧が携帯電話を取り出して牛丸に連絡を入れ始めると、横で葛西がちょっと驚いたように言った。

「おまえも随分と鍛えられたもんだな」

そう、鍛えられた。橘の浮気癖にいちいち傷ついていたら、身が保たないのである。

快気祝いの後、橘と中島 誠がネオンの海に消えた、と聞いた笈川は自身の親分に冷たい視線を向けた。

「おまえは顔を合わせる男を全員、咥えこまないと気が済まないのか?」

当の橘はいつものようにしらばっくれて、外方を向いている。ふたりが示し合わせて消えた、と暴露したのは慧ではない。一緒にその場に居合わせた葛西だった。

橘は葛西の顔を睨みつけていたが、本人は仕方がないだろうと言わんばかりににやにやしている。

「ということは、おまえは矢部のオヤジさんが身元をバラす前から、あの刺青スミを見て、あいつが誰か気づいてたってことか」

「まぁな」

笈川の問いに橘は悪びれなく頷いた。

そうか――あの時、慧たちには中島 誠が背負っている刺青の図柄までは分からなかった。橘がそれを知っていたのは、中島 誠の裸を見たからだ――

そこまで考えて、慧は頰が火照るのを感じた。そこまで具体的に想像しなくても良かった、と後悔する。

「で? その柳沢組の男が横浜で殺されたことに、おまえは心当たりがあるのか?」

「そんなもんねぇけどな…」

そう言いながら、橘は新しい煙草に火を点けた。
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