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Tattoo Maniac

第三章『真夏の夜の夢』1

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次の日、柳沢やなぎさわ組組長に礼を述べてから、橘たちは旅館を後にした。けいはそのまま横浜へ戻ると思っていたのだが、どうやらたちばなには寄るところがあったようだ。

今日は牛丸うしまるに代わって、葛西かさいがハンドルを握っている。他の親分衆が集まる葬式に下目の橘組が大所帯で押しかけるわけにはいかないからと説得され、牛丸は渋々、横浜で留守番中だ。

葛西の運転する車は住宅街の細い道を進み、一軒の日本家屋の前で停まった。海は見えないが微かに潮騒が聞こえる。裏は竹藪になっているようで、群生した背の高い竹の頭が屋根の向こうに見えた。

道の突き当たりにあたるその家の前に車を置いて、橘はインターホンも押さずに門扉を開けて中に入って行った。

橘は引き戸になった玄関を開けると、大声で呼ばわった。

「よぉっ! 彫豊ほりとよっ」

家の奥から軽い足音が近づいてくる。そこに姿を現したのは、髪の長い着物姿の男だった。

「――そんな大声を出さなくてもうちはインターホンもついてますし、私だって携帯くらい持ってるんですけどねぇ…」

着物姿の男はわざとらしく溜息を吐いてから、上りかまちに両膝を揃えて腰を落とした。

「お久しぶりですね、橘さん。ようこそいらっしゃいました」

その着物姿の男の案内で、慧たちは広い和室へと案内された。部屋の中央には縁に綺麗な彫物が施された一枚板の大きな座卓が置かれていた。床の間には水墨画の掛軸が掛かり、横の違い棚には紫陽花が飾られている。

橘は、早々に座卓の前に並んだ座布団の上に胡座をかいて座った。

「どうぞお座りください」

男に勧められて、慧はやっと腰を下ろした。なんだか気圧される。

着物姿の男は、陶器のように滑らかな白い肌の持ち主で、まるで人形が口をきいているのではないかと思われるほど美しかったからだ。誰かが描いたような弓なりの眉の下に、長い睫毛に縁取られた黒目がちの大きな瞳が光っている。まさか口紅を塗っているわけでもないだろうに、白い肌に紅い唇が鮮やかだった。

「本当にお久しぶりですね」

その生き人形のような男は橘の正面に座ると、再びそう言った。

「おまえんトコには、俺が来なくなって、ほっとしてるヤツがいるんじゃねぇのか?」

いつものように唇の端をあげ、橘が皮肉な笑みを浮かべたところに、縁側に面した廊下から別の男が現れた。茶器を並べた盆を手にしている。

「来るなら事前に連絡を入れるという礼儀もないのか? 相変わらずだな」

男は無愛想にそう言うと、乱暴に盆を座卓の上に置いた。

亮祐りょうすけ…」

その男の無礼な態度に、美しい着物の男は眉を顰めた。そんな顔も造り物のようで、慧はつい見とれてしまう。

「他にもお客様がいらっしゃるのに失礼でしょう」

そう言うと、着物の男は慧に向かってにっこりと微笑んだ。

「初めてお目にかかりますね。二代目彫豊 柊弥とうやと申します」

「あ…、は、春海はるみ 慧です…っ」

柊弥と名乗った青年の花が咲いたような笑顔に、慧はすっかり舞い上がってしまった。自己紹介の声が裏返る。

「失礼をして申し訳ありません。こちらは当家の彫師の亮祐です」

柊弥は、茶を用意してきた仏頂面の男の紹介もした。慧は亮祐にも慌てて頭をさげた。

開け放たれた座敷の向こうに竹林が揺れている。なんだかできすぎの舞台に紛れ込んでしまった気分だ。

「彫師…って…、え? 刺青いれずみの?」

柊弥の自己紹介をようやく飲み込んで、慧は驚いた。

「あなたはどこに行くのかも告げずにこの方を連れていらしたんですか?」

慧の疑問を受けて、柊弥は困ったような顔で橘を見た。

「どこに行くかなんて、いちいち言うかよ、めんどくせぇ」

橘はそう言うと、まだ盆の上に乗ったままの湯呑みをひとつ取り上げて、がぶりとお茶を飲んだ。

慧はそんな橘の行動パターンにすっかり慣れてしまっているから、今さら驚きはない。ただ、刺青をれる彫師の家という物珍しさに、思わずきょろきょろと周囲を見回してしまった。

大きな座卓の置かれた座敷に和室が続いている。間のふすまは開け放たれていて、続いた和室の中がここからもよく見えた。和室には紫色の敷物が敷かれ、その上にいくつもの日本画が拡げられている。刺青の図柄だろうか。

思わずそちらの方に体まで向けて見入っていると、柊弥がふふっと小さく笑みを漏らした。

「彫師の仕事場へいらっしゃるのは初めてですか?」

慧は慌てて向き直り、頷いた。

「良かったらなにかおひとつお刺れになりますか?」

「えっ」

屈託のない笑顔を向けられて、慧はぎょっと後退あとずさってしまった。途端に着物の袖で口元を押さえて、柊弥がころころと笑った。

「申し訳ありません。ちょっと冗談がすぎましたね」

初対面の美しい青年にからかわれて、慧は顔が真っ紅になるのを感じた。
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