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Tattoo Maniac

第三章『真夏の夜の夢』10

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慧を置いて庭に出た笈川は、橘を探した。

彫豊の裏庭は竹林になっている。初代彫豊は柊弥を養子にして、この広大な土地家屋を相続させた。

若いうちから長く自分の愛人をさせた慰謝料のつもりだったのかもしれない、と笈川は考えていた。

父親が彫豊の彫師であった影響もあってか、柊弥は中学を卒業すると高校へも進学せず、彫豊へ弟子入りした。当初はもちろん彫豊の手から産み出される鮮やかな彫物に魅了され、初代を尊敬してのことだっただろう。

しかし、橘が知り合った頃、二代目を引き継いだばかりだった柊弥はまぎれもなく、初代の愛人だった。二代目襲名はその代償なのかと悩むほど、本人はその関係に膿み疲れていた。

橘は柊弥の懸念を一蹴していた。柊弥の彫師としての才能は本物だ、と最初から言い切っていた。だが、あの姿形を持って生まれたのが柊弥にとっての不運だ、と当時、橘は嗤って言った。天の細工師がノミを振るった、などと気障な言い回しをしたくなるほど、柊弥は美しかった。

――あんな顔と体で側をうろちょろされてたんじゃ、手を出すなって方がムリだ。俺は初代に同情するぜ

橘はにやりと嗤ってそう言った。

それは本来、柊弥の罪ではないだろう。見目麗しく生まれついたことはただの運だ。だから目をつけられたのは、おまえのせいだ、はあまりにも理不尽だと思う。

しかし、その関係を受け入れたのもまた、柊弥自身だ。それを分かっていたからこそ、柊弥が一番、悩み苦しんだのだろう。

しかし、それも全部、終わったことだ。初代は数年前に、柊弥と亮祐に看取られてこの家で死んだ。ふたりの関係にもきっと気づいていたに違いないが、初代はなにも言わなかったそうだ。

柊弥が初代から受け継いだこの広大な竹林を歩きながら、笈川は小さく息を吐いた。

慧にあんなことを言うつもりはなかった。

慧に言ったことは嘘ではない。橘にとって慧は特別な存在だ。それにもはや疑問の余地はない。けれど、それを慧に伝えることは別の問題だ。慧にも言ったとおり、橘がこの先、あの悪癖を謹んで慧にだけ貞操を誓うなどということは、太陽が西から上がるほどあり得ないことだろう。それにも関わらず、あんなことを聞いてしまえば、慧が妙な期待を抱きかねない。それで苦しむのは慧なのだ。

橘は子どもみたいなところがあるから、慧にやきもちを妬かれなかったことが本当に面白くなかったのだろうが、罪なことをする、と笈川は溜息を吐いた。

竹林の中の小道を少し進むと、小さな東屋あずまやが見えた。

腰高の囲い越しに覗き込むと、そこに人影が座っていた。周囲に灯りがほとんどないから、それが人だと分かるほどの輪郭しか見えない。

笈川は囲いを迂回して、東屋の中へと入った。

ぐるりと周囲をめぐる囲いに造りつけられた木製の長椅子の一角に、橘は腰をおろしていた。椅子の上に足をあげ、また膝を抱えている。

「裕貴」

声を掛けると橘が顔をあげた。

「ほら」

笈川は、橘が座敷に置いていった煙草を顔の前に掲げた。

「お、気がきくな」

橘はにやりと笑って、煙草を受け取った。すぐに一本取り出して、火を点ける。

「――そういや昔、ふたりで江ノ島行ったときも、海でおまえがタバコ持ってきたよな。あれ、なんでだっけ?」

煙を吐きながら、橘がそんなことを言い出して、笈川も記憶を手繰った。

「…ああ、女にマンションから追い出された時か…」

まだふたりとも、どこの組にも属していない、ただのチンピラのガキだった頃だ。大阪へ腕貸しに赴く前――その時々で笈川が世話になっている女のマンションに、橘がふらりとやって来て泊まっていくことなどしょっちゅうだった。その時は、それがあまりに頻繁で、当時の笈川の女がなにを勘違いしたのか、盛大にやきもちを妬いて、ふたりは真夜中にマンションから放り出されてしまった。

行くところもなく、いっそ海にでも行こうかと、車で江ノ島に向かった。真っ暗な海岸に降りて、服のまま海に入ったりと、散々、はしゃいだ後で、笈川が車に置いてあった煙草を取りに行ったのだ。橘はびしょ濡れのまま、砂浜に座っていた。

「バカだったよなー、着替えもねぇのに、服のまま海に飛び込んじまってよー」

橘も思い出したのか、そう言って笑った。

笈川も思わず笑顔が漏れた。

あの頃はまだ、なんの傷もないまっさらなふたりだった。

そう思ってから、笈川はすぐにそれを否定した。

違う――裕貴はまっさらなんかじゃなかった。

なんの傷もない子どもが、たった十四歳でヤクザになろうなどと思ったりしない。橘は笈川が出会ったあの時、本当はすでに傷だらけだった。

それを笈川だって、気がついていないわけじゃなかった。けれど、自分にはなにもできなかった。ただ、傍にいることしかできなかった。
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